第16話:壁は乗り越えない
ウラジオ商会の入口をくぐる。
中は、外観以上に洗練されていた。
綺麗で豪華な作り。
静かな空気。
(……場違い感すごいな)
軽く周囲を見回しながら、受付へ向かう。
そこにいたのは――
若い女性だった。
整った顔立ちに、無駄のない立ち振る舞い。
いかにも“できる人間”という雰囲気。
(……うわ)
一瞬、思考が止まる。
「……あ、あの」
少しだけ声が裏返る。
女性が視線を向ける。
「はい」
落ち着いた声。
それだけで、余計に緊張する。
「ウ、ウラジオさんに……会いたいんですけど」
言いながら、自分でも情けなくなる。
女性は端末を操作し、こちらを見る。
「申し訳ありません。アポイントメントは――」
(あ、これはダメそうだ)
内心で察する。
そのとき。
「俺から話通す」
後ろからロイドの声。
「ロイド様」
女性の表情がわずかに変わる。
ロイドは軽く手を上げる。
「旦那かレイヴンに伝えてくれ。ユウトが来てるって」
短く、それだけ言う。
女性は一瞬だけユウトを見る。
「……かしこまりました」
すぐに姿勢を正し、連絡を入れる。
数分も経たないうちに、奥の扉が静かに開いた。
現れたのは、黒いスーツの男。
隙のない立ち姿。
一歩踏み出すだけで、空気が引き締まる。
女性の背筋が、ぴんと伸びる。
(……レイヴン様)
「ユウト様。本日はお越しいただき、ありがとうございます」
低く、落ち着いた声。
その視線が、まっすぐユウトへ向けられる。
「……ああ」
短く返す。
自然なやり取り。
だが――
(え……?)
(レイヴン様が直々に対応するの?)
受付の女性の思考が追いつかない。
「こちらへご案内いたします」
レイヴンは丁寧に一礼し、歩き出す。
ユウトは軽く頷き、その後に続く。
ロイドも隣に並ぶ。
しばらく歩いたところで――
「俺はここまでだ」
ロイドが足を止めた。
「この後、別の用がある」
「ああ、そうか」
少しだけ振り返る。
「……ありがと」
ロイドは軽く手を振った。
「気にすんな。ついでだ」
それだけ言って、別の通路へと消えていく。
その背中を、ほんの一瞬だけ目で追う。
(……いいヤツだな)
視線を戻す。
レイヴンは変わらぬ歩調で前を進んでいる。
背後から、視線を感じる。
振り返る。
受付の女性と、目が合った。
「…………」
言葉はない。
だが――
(ロイド様が口利きして、レイヴン様が直々に出迎え……)
(……何者なの……?)
驚きと困惑が、そのまま表情に浮かんでいた。
ユウトは何も言わず、視線を逸らす。
通されたのは、豪華な応接室だった。
広い。
無駄に広い。
高級そうなソファに、重厚なテーブル。
(……落ち着かないな)
とりあえず座る。
静けさが、妙に気になる。
しばらくして――
勢いよく扉が開いた。
「ユウト殿」
息を少し切らしながら、ウラジオが入ってくる。
「お待たせしました」
「いえ、大丈夫です」
その様子に、少しだけ驚く。
(そんなに急ぐことか?)
ウラジオはそのままソファに腰を下ろす。
呼吸を整えながら、すぐに本題に入る。
「では、例の件ですが――」
表情が変わる。
商人の顔。
「通常のラムネは、量産の目処が立ちそうです」
「本当ですか」
思わず言葉が出る。
「はい。近いうちに市場に出せると思います」
順調すぎるくらいだ。
だが――
ウラジオは、わずかに眉を寄せた。
「ただ、もう一つの方ですが」
「酒の方ですね」
「ええ」
頷く。
「圧力の違いのせいか、瓶が耐えきれず割れてしまいます」
「……ええ?」
「ひどい場合は、破裂することもあります」
(あー……)
思わず天井を見上げる。
(そりゃそうか)
炭酸にアルコール。
単純に考えても、危ない。
「改良は続けていますが、まだ安定していません」
ウラジオが言う。
「商品として出すには、少しリスクが高いですね」
少しだけ考える。
(ラムネの瓶で酒……)
日本でも――見たことがない。
(ってことは、やらない方がいいか)
「……今回は見送りましょう」
静かに口にする。
ウラジオが一瞬、言葉を止める。
「……そうですか」
わずかに目を細める。
「ずいぶん決断が早いですね、ユウト殿」
「試行錯誤する時間がもったいないので」
(俺は少年漫画の主人公とは違う。)
(目の前に壁があったら乗り越えずに避けて通る)
落ち着いて答える。
「それに購入者が怪我でもしたら商会のイメージにも関わりますし」
数秒の沈黙。
やがて、ウラジオが小さく笑う。
「確かに、その通りですね。」
「今回はラムネだけで利益を狙いましょう」
その目には、はっきりとした感心が浮かんでいた。




