第15話:それでも進む
「ぃちゃん、―おい、兄ちゃん」
ロイドの声で、意識が引き戻された。
顔を上げる。
目の前には、心配そうにこちらを見るロイドの姿。
「おい、大丈夫か?」
「あぁ…」
短く答える。
「ちょっと考え事してただけだ」
自分でも分かるくらい、声が少し掠れていた。
ロイドはじっとこちらを見ていたが、やがて小さく息を吐いた。
「無理すんなよ」
「大丈夫だ。ありがとう」
反射的に返す。
だが、その言葉に力はなかった。
視線を落とす。
手元にあったはずの箸は、床に転がっていた。
「……悪い、箸貰ってくる。」
そう言って、立ち上がろうとする。
ロイドが立ち上がる。
「いや、俺が取ってくる」
そう言って、厨房の方へ向かった。
一人になる。
(……最悪だ)
軽く息を吐く。
頭の中に、まだ残っている。
あの光景。
振り払おうとしても、消えない。
「ほら」
戻ってきたロイドが、箸を差し出す。
「……サンキュ」
受け取る。
そのときだった。
わずかに、手が震えた。
(……あ?)
視線が止まる。
箸を持つ自分の手。
かすかに、だが確かに震えている。
(なんだよ……)
止めようとする。
力を込める。
だが――
止まらない。
(なんだってんだよ…)
奥歯を噛む。
何でもないふりをして、箸を動かす。
料理を口に運ぶ。
味は、よく分からなかった。
それでも、無理やり食べ終えた。
「ごちそうさん」
軽く手を合わせる。
ロイドがこちらを見る。
「……ほんとに大丈夫か?」
さっきよりも、少し低い声。
「しつこいな」
わざと笑顔で返す。
「大丈夫だって」
数秒の沈黙。
やがてロイドは、肩をすくめた。
「……ならいいけどよ」
完全には納得していない顔だった。
店を出る。
外の空気が、少しだけ冷たい。
「で、このあとどうすんだ?」
ロイドが聞いてくる。
「ああ……」
「ウラジオの所で新商品の打ち合わせかな」
ロイドは端末を操作しながら言った。
「俺もこれから仕事でウラジオ商会に行く」
一拍置いて、続ける。
「ついでだし送ってやるよ」
「……そうか」
少しだけ間を置いて、頷く。
「じゃあ頼む」
しばらくして、一台の車が静かに止まった。
ドアが自動で開く。
「乗れよ」
「ああ」
ユウトは何も言わず、車に乗り込む。
車は浮かび上がり窓の外の景色だけが、滑るように流れていく。
揺れもほとんどない。
その静けさの中で――
ふと、自分の手を思い出す。
さっきの震え。
(詩織は死んだんだ。居るはずがない。)
そう言い聞かせる。
それ以上は、考えない。
考えたくなかった。
やがて、車がゆっくりと減速しながら高度を下げる。
視界の先に、大きな建物が現れる。
他とは明らかに違う存在感。
「着いたぞ」
ロイドの声。
車が静かに止まる。
ドアが開いた。
外に出る。
見上げる。
「……でけえー」
思わず、呟く。
入口の上には、大きく看板が掲げられていた。
――ウラジオ商会。
自然と、視線に力が入る。
ロイドが軽く言う。
「どうした?行くんだろ?」
「ああ」
短く答える。
だが――
足が、わずかに止まる。
(……何やってんだ)
自分に対して、苛立つ。
こんなところで立ち止まってどうする。
両手で、自分の頬を叩く。
――パン、と乾いた音。
(……よし)
小さく息を吐く。
さっきまでの迷いを、無理やり押し込める。
顔を上げる。
「……行くか!」
そう言って、一歩踏み出した。




