第152話:ガラガラ
レグナス商会。
応接室。
「さて……」
レグナスは、向かいに座る二人を見た。
「シオリ様」
「こちらの方は……」
レグナスの視線が、バルドへ向く。
「あぁ……」
ユウトは、認識阻害を解いた。
姿が揺らぐように変わる。
「やはり、ユウト殿でしたか」
レグナスは、納得したように笑った。
「それで……」
「本日はどういったご用件で?」
「それと……その……」
レグナスの視線が、シオリの横へ向く。
そこには、見慣れない物が置かれていた。
「これは、自転車と言います」
セレスが淡々と答える。
「じてんしゃ……」
レグナスは、興味深そうにその名を繰り返した。
「初めて聞く名ですね」
「もしや……」
「こことは違う世界の……」
そして、すぐに目を細める。
「その自転車とやらを、当商会に売り込みにいらしたと……」
察しが良すぎるレグナス。
「話が早くて助かります」
セレスは、まるで自分の商品であるかのように頷いた。
「これは、異世界の乗り物です」
「乗り物……ですか?」
レグナスは、自転車へ食い入るように視線を向けた。
「それにしては、小さい……」
「車とは違って、1人用の乗り物です」
「そして、この自転車の動力は人の足です」
「それは……」
レグナスの眉がピクリと上がる。
「逆に不便ではないでしょうか?」
さすがに鋭い。
「確かに、遠出するには車の方が良いでしょう」
セレスは落ち着いて答える。
「この自転車を利用するのは、“ちょっとそこまで”」
「主に、徒歩で移動するような時です」
「“ちょっとそこまで”……ですか?」
「ええ」
「先ほども言いましたが、動力は人の足」
「けれど、徒歩で移動するよりも早く」
「車よりも安価で購入できます」
「さらに、車ほど場所を取りません」
「店先にも置ける」
「細い道にも入れる」
「燃料も必要ありません」
「子供から大人まで、誰でも乗れます」
「子供まで!!」
レグナスの表情が、ぱっと明るくなる。
「それは素晴らしい」
言葉を発する隙がなく、会話に入れないユウト。
(なんか、俺……)
(居る意味あるのか?)
「試乗しても?」
レグナスが尋ねる。
「あっ……」
セレスは、少しだけ自転車を見る。
「まず、乗っているところを見てもらった方が良いかと」
「屋外用なので、ここでは少し気が引けるのですが……」
部屋の広さは、十分にある。
だが。
豪華な絨毯。
煌びやかな装飾品。
高そうな机。
さすがに、自転車を乗り回すような場所ではなかった。
「構いません!」
レグナスは、目を輝かせた。
「ぜひ、お願いします」
「じゃ、じゃあ……」
セレスは自転車の横に立つ。
「まず、このスタンドを足で蹴り上げます」
「ほう……」
カチャン。
スタンドが上がる。
「このままだと、バランスを失って自転車が倒れます」
そう言って、セレスは実際に手を離した。
自転車が傾く。
倒れる直前で、セレスが受け止めた。
「そ、それに乗るのですか?」
レグナスが少し身を乗り出す。
「ええ」
「タイヤが回転することによって安定します」
「ジャイロ効果と呼ばれる現象です」
セレスは自転車に跨りながら説明を続けた。
(なんだそれ?)
何も分かっていない創造主。
「この足元のペダルを交互に踏み込むことで、タイヤが回転して走り始めます」
そう言って、セレスはペダルを踏み込んだ。
自転車が、ゆっくりと動き出す。
「手元のハンドルで左右に移動したり、バランスを整えます」
部屋の中を一周するように回り始めた。
「ハンドルにはレバーが付いていて、このレバーを引けばタイヤの回転が止まります」
レグナスの前で、すっと止まる。
(か……完璧だ)
(乗りこなしてやがる……)
「乗りこなすには、ある程度練習が必要ですね」
セレスは自転車から降りる。
「そのために……」
「ユウト」
「アレ出して」
「……アレって?」
「補助輪よ」
「自転車についた状態でね」
「大きさに気を付けて」
「あぁ……」
ユウトは、頭の中でイメージする。
手を前に出す。
虹色の光が広がり――
光が消えた時。
後輪の左右に小さな車輪がついた自転車が現れた。
「じゃ……」
セレスが、にこりと笑う。
「今度は、ユウトが乗ってみて」
「え……」
ユウトは一歩下がった。
「絶対やだ……」
「乗りなさい!!」
半ば強引に、セレスはユウトを補助輪付きの自転車へ跨らせた。
「これが付いていれば、スタンドが無くても倒れることはありません」
「ほう……」
レグナスは感心したように頷く。
「いや、しかし……」
なぜか、半笑いだった。
「ユウト、走らせてみて!」
「い、いやだ!!」
ユウトは顔を真っ赤にして拒否する。
「走らせなさい!」
「うぅ……」
泣きそうな顔で、ユウトはペダルを踏んだ。
ガラガラと音を立てながら……。
豪華な応接室に。
悲しい音が響いた。
「いいわよ、ユウト」
「そのまま、そのまま」
セレスは、小さい子に言うように優しく声をかける。
「ゆっくり戻っておいで!」
「……」
ユウトは、補助輪を鳴らしながらセレスの元へ戻ってきた。
顔を下に向ける。
うっすらと、その目には涙が浮かんでいた。
「さっ」
セレスは何事もなかったように、レグナスを見る。
「レグナスさんも、ぜひ!」
「わ、私も!!!?」




