第147話:オムライス
アパート前。
ユウトたちを乗せた車が、静かに停まっている。
「それじゃあ、アメリ」
セレスが助手席の方を見る。
「明日はお願いね」
どうやら、セレスは明日休みらしい。
「ええ」
アメリは穏やかに頷いた。
「ゆっくり休んでね、シオリ」
「ステイルさんも、お疲れ様でした」
セレスは運転席へ視線を向ける。
「あの……」
「ユウトがすみませんでした」
(俺のせい!?)
「いえ……」
ステイルは、いつものように短く答えようとした。
だが。
「ありがとうございます……」
声が、ほんの少しだけ弱かった。
どうやら。
ドランの真似をしたことが、ステイルの心に深い傷を残していたらしい。
「気にすることないですよ」
ユウトが、慌てて励ます。
「あれを日常的にやる奴がいますから」
「……うっ」
励ませば励ますほど、ステイルの顔が赤くなる。
そして。
ついには、ハンドルに顔を伏せてしまった。
「余計なこと言わないの!!」
セレスはユウトの腕を引っ張り、車から降ろす。
「おい、引っ張るなよ……」
そのまま、アパートへ向かう二人。
「……」
アメリは、その後ろ姿を無言で見つめていた。
そして。
ゆっくりと、運転席へ視線を戻す。
(なんて恐ろしい力なの……)
(あのステイルを、ここまで追い詰めるなんて)
入社以来、寡黙で優秀な運転手。
後部座席と運転席は別世界。
そう言わんばかりに、常に必要最低限の会話だけを貫いてきた男。
ついには、社長専属の運転手にまで上り詰めた男。
それが。
崩された。
その姿を見て、アメリは――
(もっと見てみたい!)
楽しんでいた。
「さっ、行きましょう」
アメリは何事もなかったように前を向く。
「かしこまりました」
ステイルは、いつも通りの返事をした。
「……」
「さっきの続きを……」
「やりません」
食い気味に拒否するステイル。
車は静かに浮かび上がり、ビルの群れへと消えていった。
────────
ユウトの部屋。
「なんで入るんだよ……」
ユウトは、部屋に当然のように入ってきたセレスを見る。
「え?」
「ここは俺の部屋!」
「お前は隣だろ!」
「もしかして、忘れてない?」
「何が!」
「スキルが覚醒したことよ……」
「あっ……」
ユウトは固まった。
完全に忘れていた。
「そういえば飯、どうしよう」
(思い出したら腹減ってきたな……)
「はぁ……」
セレスは深いため息をついた。
「私の言う通りにイメージして、スキルを使ってみてくれる?」
「ああ……」
「“ああ”?」
「あっ、いえ……はい!」
ユウトは慌てて言い直した。
「いい?」
セレスは、テーブルを指差す。
「まず、このテーブルにお皿が2枚あります」
「皿の横にはスプーン」
「皿の上には、オムライス」
「ツヤツヤの薄い玉子に包まれたチキンライス」
「グリンピースは入ってません」
「お前のリクエスト入ってないか?」
「集中して!」
「おお」
「玉子には、ケチャップで文字が書かれています」
「ひとつは、ユウト」
「もうひとつは、セレス」
「いい?」
「そのイメージのまま、創造してみて」
ユウトは、テーブルに向かって手を差し出した。
次の瞬間。
テーブルが、虹色の光に包まれる。
そして。
一瞬で、光が消えた。
テーブルの上には、イメージ通りのオムライス。
ツヤツヤの薄い玉子。
ケチャップで書かれた文字。
ユウト。
セレス。
「できた!」
ユウトは嬉しそうに声を上げる。
「まだよ」
セレスは真剣な顔で言った。
「中を確かめないと」
そう言って、スプーンでオムライスを掬う。
「うん」
「グリンピースは入ってないようね」
「そこ重要なのか?」
「味もチェックしないと」
セレスは、そのままオムライスを口に運んだ。
「……」
(何を見せられてるんだ俺は……)
セレスは、もぐもぐと口を動かす。
そして。
こくりと頷いた。
「いい?これは修行なのよ!」
「本当か?」
「まず、一番気をつけなきゃいけないのが大きさ!」
セレスはスプーンを持ったまま説明を始める。
「次に、ケチャップで文字を書く繊細さ」
その間も、もぐもぐと食べ進めていた。
「任意の物を創造しない応用力」
「そして、クオリティ」
「天地創造の基本は、オムライスよ!」
口の周りにケチャップを付けながら、堂々と説明するセレス。
「……」
(物は言いようだな)
「明日も、朝昼晩練習するから覚悟してね」
そう言って、セレスは立ち上がる。
目の前の皿は、すでに空になっていた。
「お、おい……」
ユウトは嫌な予感がした。
「まさか、明日も……」
「私が良いって言うまで、オムライスよ」
セレスは、にこっと笑った。
そして、満足そうに部屋を出ていく。
「……」
ユウトは、空になった皿を見つめた。
「お前が食いたいだけだろ!!」




