第146話:魔王の精神攻撃
車内。
「……」
運転席では、ステイルが気まずそうに前を向いていた。
「……」
後部座席には、顔を伏せてしょんぼりしているユウト。
「……」
重い。
あまりにも、空気が重い。
「あ、あの……」
この空気に耐えきれなくなったのか。
ついに、ステイルが自分から口を開いた。
「バルド様がいらっしゃったはずですが……」
「何かございましたか?」
「……」
ユウトは、顔を伏せたまま答える。
「いえ、何も」
「ほんと、何もなかったです……」
嘘はついていない。
バルドは、本当に何もしていない。
「そ、そうですか……」
「…………」
再び、車内に沈黙が落ちた。
「……」
「……」
────────
商業ギルド敷地内。
「し、シオリ……」
アメリが、不安そうに車を見つめる。
「多分だけど……」
「いえ……」
「恐らく、車の中は地獄のような空気よ」
「ええ……」
セレスも、顔を引きつらせながら頷いた。
「す、少し……」
「少しだけ、やりすぎたわね」
そう言って。
一歩。
また一歩と。
二人は、ゆっくりと車へ歩み寄る。
「あの門をくぐったら、もう後戻りできないわよ……」
セレスが立ち止まり、ギルドの門を指差した。
その指は、わずかに震えていた。
「し、シオリ……」
アメリは青ざめた顔で首を横に振る。
「私には無理……」
「無理よ……」
あまりの恐怖に、膝をつくアメリ。
その姿を見て、セレスは思った。
(ルイスが魔王……?)
(可愛く見えるわ)
(今度の魔王は、本当にタチが悪い)
セレスの言い分も、もっともであった。
全知全能すら及ばない、予想外な行動。
そして自滅。
さらに、自他共に巻き込む精神攻撃。
「い、行きましょう。アメリ」
セレスは、アメリへ手を差し伸べた。
「シオリ……」
アメリは、その手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
そして、また一歩。
また一歩。
門へと近づいていく。
ユウトが乗る車との距離が、徐々に縮まっていく。
「うっ……これは……瘴気?」
「違うわ!幻覚よ」
「そ、そう……」
「いい?アメリ」
セレスは、真剣な表情で言った。
「“せーの”でドアを開けるわよ」
「……ええ」
二人は、それぞれ助手席と後部座席の前に立つ。
「せーの」
「せーの」
二つのドアが、同時に開いた。
「ハハハハ!」
「いやいや、笑い事じゃないんですって!」
ユウトは、少しだけ身を乗り出した。
「飛んでるんですよ?」
「なのに、“右へ曲がりますっ!”って!」
「斜めに真っ直ぐ行けただろ!って」
「それは、面白い」
ステイルが、前を向いたまま静かに答える。
なぜか、車の中は盛り上がっていた。
「あっ、おかえり!」
アメリとセレスに気づいたユウトが、明るく出迎える。
「え?ええ……ただいま」
「お、お待たせしました」
キョトンとする、アメリとセレス。
「ずいぶん楽しそうね……」
「それがさぁー」
ユウトが口を開きかけた瞬間。
ゴホン。
運転席から、ステイルの咳払いが聞こえた。
「……まっ、いろいろとな!」
何かを察したのか。
ユウトは、それ以上詳しく話さなかった。
「バルド様は、ご一緒ではないようですが?」
突然、運転席からステイルが口を開いた。
「え、あ、はい」
セレスが少しだけ慌てる。
「今日はもう、帰っていいそうです」
「かしこまりました」
ステイルは短く答えた。
そして車は静かに浮かび上がり、ユウトのアパートへと向かった。
車内は、再び静寂に包まれる。
その時。
「み、右へ曲がりますっ!!」
ステイルが突然、ぽつりと言った。
「え?」
「は??」
驚くアメリとセレス。
「アハハハハハハハハ!」
そんな二人を差し置いて、ユウトは大笑いしていた。
ステイルは前を向いたまま、表情を変えない。
だが。
ほんの少しだけ、耳が赤い。
セレスは心の中で思った。
(間違いない)
(この魔王の精神攻撃は、本当にタチが悪い)
(あのステイルさんでさえ、崩壊してしまった)
(キャラが……)




