第143話:溢れる感情
「それでは、領主様」
アメリが静かに立ち上がった。
「私どもは、導入に向けての準備がございますので」
「本日は、これで失礼いたします」
「そうか……」
アーサーは、少し残念そうに目を細める。
「もう少し話を聞きたかったが、仕方がない」
そう言って、懐から端末を取り出した。
指先で何やら操作をする。
すると。
コン、コン、コン。
すぐに扉がノックされた。
「どうぞ」
「お呼びでしょうか、旦那様」
扉がゆっくりと開かれ、ベネットが現れる。
(早っ!)
時間にして、10秒ほどだろうか。
まるで、部屋の外でずっと待機していたかのようだった。
「お客様がお帰りだ」
「承知しました」
ベネットは、静かに頭を下げる。
セレスとユウトも立ち上がった。
「ユウト殿」
アーサーが、ユウトへ視線を向ける。
「君には、俄然興味が湧いたよ」
「また近いうちに、金の話でもしよう」
ニヤリと笑うアーサー。
「ど、どうも……」
ユウトは曖昧に頭を下げる。
そして。
ふと、何かを思い出したように顔を上げた。
「1つ、いいですか?」
「なんだね?」
「無駄な金を払いたくないのに……」
「庭にあるベンチ」
「あんなに必要ですか?」
「……」
アーサーが固まった。
「ちょっと、何言ってんの!」
セレスが慌ててユウトを押さえる。
「も、申し訳ございません!」
アメリも慌てて頭を下げた。
「いや……よい……」
アーサーは、少しだけ口元を引きつらせた。
「やはり、君は面白いな……」
「大変失礼いたしました!」
これ以上ユウトが何か言わないように。
セレスは、今すぐにでも立ち去りたい顔をしていた。
「ほら、行くわよ!ユウト!!」
「お、おい!引っ張るなよ」
セレスはユウトの手を引き、ほとんど連行するように部屋を出た。
アメリも深く頭を下げてから、その後に続く。
ベネットの案内で、3人は屋敷の外へ向かった。
────────
「お気をつけてお帰りくださいませ」
玄関先で、ベネットが深々と頭を下げる。
「お気遣いありがとうございます」
アメリが丁寧に礼を返した。
その姿を、ユウトは無言で見つめる。
(うーん。社会人って感じだな)
なぜか上から目線で感心するユウト。
「早く乗りなさい!」
セレスは、ユウトを押し込むように車へ乗せた。
遅れて、アメリも車に乗り込む。
「ステイルさん、お待たせしました」
「商業ギルドまでお願いします」
「かしこまりました」
ステイルの短い返事とともに。
車は、石畳の上をゆっくりと走り出した。
ユウトは、何気なく後ろを振り返る。
そこには、まだ頭を下げているベネットの姿があった。
「……」
(あの人は今、何を考えてるんだろうな……)
今日の晩御飯のこと。
早く戻りたい。
足がしびれてきた。
腰が痛い。
「プッ」
勝手にベネットの心の中を想像して、ユウトは思わず吹き出した。
「……」
「どうしました?急に……」
アメリが、顔を引きつらせながら尋ねる。
「いや……あの執事さん」
「まだ頭下げてるから」
「何考えながら下げてるのかなって……」
「そ、そうですか……」
アメリは、少し呆れたように返した。
「“ジロジロ見んな小僧”って思ってるかもね」
セレスが笑いながら、ユウトを見る。
「そんなわけあるか!」
ユウトがすぐに突っ込んだ。
「それにしても……」
セレスが、ふと声の調子を変える。
「ユウト」
「あの領主の前で、よく耐えたわね」
「ええ」
アメリも頷いた。
「正直、驚きました」
突然褒められ、ユウトは少し固まる。
「え……?」
「“私は金が好きだ”って言い始めた時なんて、ゾッとしたわ」
「そうね!」
「私は、“話になりませんな”と言われた時、つい手が出そうになったわ」
「分かる!」
「えっ……」
ユウトは、セレスを見る。
「だって……つみ……き、が……」
小さく呟くユウト。
だが。
その声は、2人には届いていなかった。
「いちいちムカつくのよね!あの領主!!」
(セレス??)
「シオリ、あいつの指見た?」
「見た!」
「趣味の悪い指輪、ジャラジャラ付けて!」
「ねー!」
「似合ってると思ってるのかしら?」
溢れ出る、領主の悪口。
「……」
ユウトは、黙って屋敷の方を見た。
「“君”って呼ぶ男、どう思う?」
「あー、無理無理」
さっきまで頭を下げていたベネットの姿は、もう見えない。
車内では、領主への不満が止まらない。
「生理的に無理!」
「あと、目つきも気に入らないのよ!」
「分かるわ!」
「……」
ユウトは、小さく息を吐いた。
(女子、怖えええ……)




