第141話:領主邸
耳を赤くしながら、ユウトは車へ戻った。
「久しいのう、ユウト」
ドアを開けた瞬間。
すかさずセレスがイジってきた。
「はぁ……」
助手席からは、アメリのため息が聞こえた。
「お前ら、置いていくなよ!」
「私もアメリも、途中で気づいたのよ?」
セレスは悪びれもせずに言う。
「“あっ、ユウト忘れてきた”って……」
「ええ」
アメリが静かに頷いた。
(物みたいに言うなよ……)
「さっ、早く乗って」
セレスが手招きする。
「置いていくわよ」
「……」
ユウトは無言で、渋々車に乗り込んだ。
「ステイルさん」
セレスが前方へ声をかける。
「領主邸までお願いします」
「かしこまりました」
運転席のステイルは、短く。
そして必要最低限に返事をした。
車は静かに浮かび上がり、街の外れへと向かっていく。
────────
「ところで……」
車内で、ユウトが口を開いた。
「領主って、そんな簡単に会えるもんなのか?」
「普通なら無理ですね」
アメリが答える。
「ただ……シオリなら、お会いできます」
「詩織なら?」
「何度か、謁見の申し入れがございましたから」
「へぇー」
ユウトは、セレスへ視線を向ける。
「どんな奴なんだ?」
「さぁー」
セレスは、あっさりと言った。
「一度も会ってないのよ」
「会ってないのかよ」
「貴族なんて、金持ちで悪いやつだと思ってたから……」
「確かに、悪いイメージはあっ……」
その時。
────────
「君は、金持ちをどう思う?」
「何か裏で悪いことをしているに違いない」
「あいつは金の亡者だ」
「汚い金に違いない」
「そう思ったことはないか?」
「他者が金を持つと、知りもしないのに悪と決めつける」
────────
ユウトの脳裏に、ルイスの言葉が蘇った。
そして。
胸の奥に、静かに突き刺さる。
(そうだよな……)
(会ってみないと分からないよな)
ユウトの口元が、少しだけ緩んだ。
やがて。
車の先に、ぽつんと建つ大きな屋敷が見えてきた。
街の喧騒から離れた場所にある。
広い敷地。
静かな空気。
そして、その中央に建つ領主邸。
その時だった。
けたたましい警報音が鳴り響く。
「なに?」
「魔物か?」
ユウトとアメリが慌てて周囲を見る。
「違うわ!」
セレスの声が、少しだけ硬くなる。
直後。
無機質な音声が、車内に響いた。
『こちらは私有地です』
『上空からの接近は敵対行為と見なし、迎撃します』
『御用の方は、正門よりお入りください』
『繰り返します』
「ひ、引き返します」
ステイルが珍しく焦り、車を旋回させた。
『こちらは私有地です』
『上空からの接近は敵対行為と見なし、迎撃します』
「そうするしかないみたいね……」
アメリが、窓の外を警戒する。
『御用の方は、正門よりお入りください』
やがて、私有地の外に出たのか警報音とアナウンスが止まった。
「……」
車内に、緊張と静寂が訪れる。
「正門ってどこだ?」
ユウトが口を開いた。
「屋敷から伸びる一本道がございました」
ステイルが淡々と答える。
「恐らく、その先に正門があると思われます」
あの状況で、それを確認していたらしい。
(この人、すごいな……)
ユウトは、普通に感心した。
車は高度を下げ、地面を走りながら正門を目指す。
しばらく進むと、石造りの門が見えてきた。
その前には衛兵らしき男が立っていた。
「見えてきました」
門は、ユウトの背丈ほどの高さだった。
屋敷の規模に対しては、やけに小さい。
両隣には、塀のようなものも見当たらない。
ただ、ぽつんと。
門だけが立っている。
ステイルは、衛兵の前で車を止めた。
「先程は失礼致しました」
「ゴルディア家に御用でしょうか?」
衛兵は車内を見渡す。
「はい」
ステイルが答える。
「お約束はございますか?」
「いいえ。けれど……」
「シオリ・サトウが来た」
「そう伝えていただけますか?」
助手席からアメリが口を開いた。
「その必要はございません」
衛兵は即座に答えた。
「バルド商会副社長、アメリ様」
「どうして、私のことを……」
アメリが少し驚いたように目を開く。
「職業柄、この街の重要人物は把握しております」
衛兵の視線が、後部座席へ移る。
「そちらは……」
「天才科学者のシオリ・サトウ様」
「それと……」
「フリーターのユウト様ですね」
(俺のことまで!?)
「シオリ・サトウ様、並びにユウト様が来られたら、お通しするよう命じられております」
「どうぞ、お通りください」
「……」
門が開かれる。
車は、ゆっくりと敷地内へ入っていった。
正面には、領主邸。
豪華というより。
静かで。
広くて。
どこか、近寄りがたい屋敷だった。




