第131話:おかえり
ウラジオ商会。
入口の前で、マヤが立ち止まった。
「……?」
中の様子を覗いている。
「どうしました?」
少し遅れて、ユウトも中を覗いた。
入口から奥へ向かって。
従業員たちが、左右にずらりと並んでいる。
その異様な光景に、ユウトとマヤは思わず固まった。
「誰か偉い人でも来るのでしょうか?」
「あぁ、それでか……」
ユウトは小さく頷いた。
そして、なるべく目立たないように端を歩きながら中へ入る。
マヤも、それに続いた。
その瞬間――
「おかえりなさい! マヤさん!」
従業員たちの声が、一斉に揃った。
同時に。
大きな拍手が響く。
「……え?」
マヤは目を瞬かせた。
何が起きたのか分からない。
あまりにも突然すぎて、頭が追いつかなかった。
正面には、ウラジオが立っていた。
こちらへ向かって、静かに手招きしている。
「……」
マヤは、思わず隣を見た。
いない。
自分は関係ない。
そう即座に察したユウトは、すでに列の端にちゃっかり並んで同化していた。
こういう時の察しの良さと行動だけは、異様に素早い。
拍手の中。
マヤは、おずおずと歩き出した。
何が起きているのか分からない。
ただ。
たかが受付嬢が1人、休んでいただけ。
そう思っていた。
なのに。
従業員たちは、笑顔で拍手をしている。
誰も迷惑そうな顔をしていない。
誰も責めるような目をしていない。
そして。
マヤは、ウラジオの前に立った。
「おはよう、マヤ」
「お、おはようございます」
声が震えた。
ウラジオは、しばらくマヤを見つめた。
そして。
重々しく口を開く。
「マヤ…」
「申し訳ありませんでした」
ウラジオが、深々と頭を下げた。
列の先頭では、レイヴンも頭を下げている。
いや。
それよりも。
「な、っ……」
「ええ!?」
突然の謝罪に、マヤは慌てた。
当然である。
目の前にいるのは、ウラジオ商会の代表。
この商業都市ゴルディアで、三本の指に入る大商会の主。
その人が。
受付嬢だった自分1人のために、従業員を集め。
目の前で頭を下げている。
「頭を上げてください、社長!」
それでも、ウラジオは頭を下げ続けた。
「そんな……」
「私なんか、ただの受付嬢で……」
「ここまで……していただいて……」
「もう、じゅうぶんですから!」
その言葉を聞いて。
ようやく、ウラジオは頭を上げた。
そして――
「いいえ」
優しい声だった。
「社員はみんな、私の宝だ」
その言葉を聞いた瞬間。
マヤの中で、何かがほどけた。
ずっと我慢していたもの。
ずっと飲み込んでいたもの。
大丈夫だと。
平気だと。
自分に言い聞かせていたもの。
それが、堰を切ったように溢れ出した。
頬を、涙が伝う。
「あ……」
マヤは慌てて拭おうとした。
だが、止まらない。
止めようとしても、次から次へと溢れてくる。
「わ、私……」
「大変だ……った……けど……っ」
声が途切れる。
言葉にならない。
それでも、ウラジオは急かさなかった。
「うん」
ただ、静かに頷いた。
「うんうん」
その声が、余計に優しかった。
「逃げ……たくなった時も……ありました……」
「うん」
「でも……」
マヤは、震える手で胸元を押さえた。
「私……」
「わたし……」
「この商会に入れて……」
声が震える。
けれど。
「本当に、良かったです!」
涙を流しながら。
それでも、笑顔で。
マヤは、その言葉を伝えた。
ウラジオの表情が、ゆっくりと緩む。
「そうか」
「そうかそうか」
嬉しそうに。
安心したように。
ウラジオは微笑んだ。
その瞬間。
拍手が、さらに大きくなる。
入口の広間に、温かな音が響いた。
マヤは泣きながら、何度も頭を下げた。
「ありがとう……ございます……」
「本当に……ありがとうございます……」
誰かが小さく鼻をすすった。
誰かが笑った。
誰かが、また拍手を強くした。
その中で。
ユウトは列の端に立ったまま、そっと視線を逸らした。
マヤの涙と笑顔を見て。
ほんの少しだけ安心していた。




