第130話:絡まる三竦み
ウラジオ商会へ向かう車内。
後部座席には、ユウトとマヤが座っていた。
「……」
車内は静かだった。
驚くほどに。
不自然なほどに。
(くそ!!)
ユウトは、心の中で叫んでいた。
(なんでドランは静かなんだ!)
(いつも必要以上にうるさいくせに!!)
落ち着いて考えれば。
事故とはいえ。
女性の手を掴んでしまった。
(でも、しょうがなかったし……)
(転びそうだったし……)
(助けただけだし……)
そう自分に言い聞かせる。
だが。
気恥ずかしさで、マヤの顔が見られない。
だから、外の景色を見ているふりをした。
ただし。
中途半端な角度では、マヤの顔が視界に入ってしまう。
だから。
ユウトは精一杯、首だけを真横へ向けた。
(気まずい……)
「……」
その様子を、マヤは無言で見つめていた。
(少しぐらい、こっちを向いてくれてもいいのに……)
そう思った瞬間。
マヤの顔が、少し熱くなる。
いえ。
違います。
ただ、首が疲れそうだと思っただけです。
そう。
心配です。
これは心配です。
決して、寂しいわけではありません。
マヤは、膝の上でそっと手を重ねた。
あの手。
大きくて。
少しごつごつしていて。
頼りになる手。
もう離されたはずなのに。
まだ、感触が残っている気がする。
(ユウト様ぁ……)
「……」
そんなマヤを。
ドランはミラー越しに無言で見ていた。
(ユウト様ぁっ!)
(彼女が寂しがっておりますぞっ!)
(早く!)
(何か会話をっ!!)
(私は今、気を使って黙っているのです!)
(今のうちに!)
(今のうちにぃいい!!)
しかし。
ドランは声に出さない。
なぜなら。
今は空気を読んでいるからである。
こうして。
車内には、奇妙な三竦みが完成していた。
────────
やがて視線の先に、ウラジオ商会のビルが見えてきた。
「……」
「え?」
真横を向いているユウトの視界に。
ウラジオ商会のビルが、正面からではなく、横から流れ込んできた。
ユウトが不審に思った、その時だった…
「この先、右へ曲がりまあすっ!」
ついに我慢できなくなったドランが、妙に明るい声で告げた。
「なんでだ……」
ツッコミを入れる間もなく、車は大きく右へ曲がり始めた。
その瞬間。
ユウトの体が、マヤの方へ引っ張られる。
「わっ……」
肩が、マヤの体に押し付けられた。
油断した上に非力なユウトでは、遠心力にすら抗えなかった。
「す、すいません!」
ユウトは慌てて体を起こす。
「い、い、いえ!!」
マヤは顔を背け、下を向いた。
ユウトも、気まずさで顔を背ける。
「……」
「……」
車はそのまま、ゆっくりと高度を下げていった。
そして、ウラジオ商会の前へ滑るように停まる。
「お疲れ様でしたっ!」
「到着ですっ!!」
ドランが振り向く。
ニッと歯を見せる、満面の笑み。
「あ、ありがとうございました!!本当に!」
「ありがとうございました!」
マヤは顔を赤くしたまま、ドランに何度も頭を下げた。
ドランは笑顔のまま、親指をぐっと突き立てる。
その様子を、ユウトはじっと見ていた。
(まさか……いや、考えすぎ……か?)
何かを察した気がした。
だが、確信には至らない。
「足元にお気をつけください!」
「くれぐれも、転ばないようにっ!」
そう言って強引に片目を何度もパチパチさせるドラン。
「は、はひぃ……」
マヤはますます顔を赤くしながら返事をした。
(俺にそんなこと言ったことないぞ……)
ユウトの中に、小さな違和感が生まれる。
そして。
ドランがユウトへ視線を向けた。
その顔は、誇らしげだった。
やってやったぞ!そういう顔だ。
(こいつ……まさか!!)
ユウトとマヤは、車を降りた。
少し歩いたところで、マヤがぽつりと口を開く。
「す、素敵な運転手さんですね!」
「……え?」
ユウトの足が止まる。
マヤは少し頬を赤くしていた。
その瞬間。
ユウトの中で、全てが繋がった。
口数が少なかった。
顔が赤くなっているマヤ。
ドランは妙に誇らしげだった。
足元に気をつけろと、マヤにだけ声をかけていた。
そして。
素敵な運転手。
(間違いない……!)
ユウトの頭の中に、さっきのドランの顔が浮かぶ。
親指を立てる、あの誇らしげな笑顔。
(これは……)
(恋というやつだ!)
ユウトは、驚愕した。
(しかも……)
(相手は……)
(ドランだと!!?)




