第128話:幼稚な勇者
ルイスの言葉に、部屋の中の空気が凍りつく。
寒気がするほどの、人間への冷めた思想。
だが、そんな空気をものともせずに、1人の男が口を開いた。
「なぁ……」
「なんで、お前がそんなことする必要があるんだ?」
「ユウト?」
セレスが驚いた表情で、ユウトへ視線を向ける。
「言っただろう」
ルイスは呆れたように答えた。
「人間が争わないようにするためだ」
「だから、なんで?」
「多くの人間が死ぬんだぞ」
「当然だろう」
ユウトの理解力の無さに、ルイスの声が少しだけ強くなる。
「だから……」
「なんで、お前がそんなめんどくさいことしなきゃいけないんだよ」
ユウトの質問は、狡猾と呼ぶにはあまりにも純真で。
無垢と呼ぶには、あまりにも混濁していた。
だが――
的を射ている。
「めんどくさい……だと……」
ルイスの声が低くなる。
「人の生き死にが掛かっているのに……」
「貴様はそれでも人間か!」
ついに、ルイスが怒りを露わにした。
「お前こそドラゴンだろ!」
「余計なお世話だ!」
ユウトも負けじと声を荒らげる。
「黙れ、このダメ人間!」
「うるせー、四足歩行!」
「人でなし!」
「なんだと、根暗!」
「お前もだろ!!」
「お前の神様のイメージ、ぶっ壊れてるからな!」
「あれは将来のお前を具現化したんだよ!」
「え……。そんなわけあるか!!」
「お前、将来太るしハゲるからな!」
「気にするストレスで、余計そうなるんだぞ!!」
「確定している!大人しく受け入れろ!」
「俺がハゲたら、お前の髪むしり取ってやるからな!!」
「羨ましいか? 所詮お前も愚かな人間だ!」
「いらねーよ、そんな変なロン毛!」
「お前程度では、この良さが分からぬだけだ!」
「似合ってねえよ!」
「人の美的センスをとやかく言える顔か!」
その様子を、セレスは黙って見ていた。
目の前で繰り広げられる、子供レベルの悪口の言い合い。
「プッ……」
セレスの口元が震える。
「アハハハハハ!」
ついに、セレスが笑い出した。
「もうやめて……お腹いたい……」
その笑い声で、ルイスはようやく我に返った。
「……」
一瞬。
沈黙が落ちる。
「失礼」
ルイスは小さく咳払いをした。
「私としたことが……」
「今日は、通信設備の利用についての話だったね」
「え、ええ。そうよ」
セレスは頷く。
だが、口元はまだピクピクと動いていた。
真面目な顔に戻そうとしている。
戻そうとしているのに。
戻りきっていない。
真面目な話になればなるほど、面白い。
「……」
ルイスも、それを感じ取っていた。
一度ぶち壊された空気。
もう、どうにもならないと。
「好きに使えばいい」
ルイスは諦めたように言った。
「もともと、そのつもりだ」
「……そう」
セレスは、少しだけ息を整える。
「詳しい話は、日を改めましょう」
そう言って、書類を差し出した。
「その方が良さそうだね」
ルイスは書類を受け取る。
そして、ユウトへ視線を向けた。
「では、また連絡するわ」
セレスが立ち上がる。
「行くわよ、ユウト」
「……」
ユウトは返事をしなかった。
ルイスに向かって声に出さず、口だけを動かす。
何か文句を言っている。
それに気づいたルイスは、無言で手を振った。
シッシッ。
追い払うような仕草。
「早く来なさい!」
入口付近で、セレスに呼ばれる。
ユウトは不満そうな顔をしながら、渋々セレスの方へ歩き出した。
階段を降りる。
細く、暗い階段。
さっき上ってきた時は、魔王の縄張りへ向かう道に見えた。
だが今は。
ただの古いビルの階段にしか見えなかった。
外に出るなり、セレスが口を開く。
「ねぇ、ユウト……」
「なんだ?」
「バーカ」
ニッコリと笑顔のセレス。
「いきなり、なんだよ……」
「フフ、バーカ!」
「どうしたんだよ」
「バカ、バーカ! フフフ」
セレスの言葉に、悪意は感じなかった。
それどころか。
いや。
とても嬉しそうな表情だった。
────────
翌日――
ルイスは、静かに階段を上っていた。
扉を開ける。
「おはようございます」
受付の女性が、うっとりとした顔で挨拶をする。
「おはよう」
ルイスが答える。
その声に、社員たちが反応した。
「おはようございます、社長」
「あぁ、おはよう」
そう言って、自分の机まで歩き出すルイス。
社員たちの視線が、自然と集まる。
だが。
誰も何も言えない。
そんな空気を察して、ようやくシュウイチが口を開いた。
「髪、切ったんですね」
「あぁ……」
ルイスは短く答える。
「似合ってますよ」
「そうか……」
ルイスの表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
「ありがとう」
その声は、どこか優しく。
穏やかだった。
社員たちは顔を見合わせる。
何かが変わった。
ほんの少しだけ。
だが確かに。
ルイスの中で、何かが変わった気がした。
そして――
もう1人。
ユウトの部屋。
バスルーム。
髪を洗うユウトの手元には、見慣れないボトルがあった。
そこには、こう書かれていた。
“ノンシリコンシャンプー”




