第127話:魔王の真意
デウス商会のフロアは3階だった。
ビルにはエレベーターがなく、ユウトとセレスは階段を上っていた。
暗く。
細く。
どこか不気味な階段。
魔王の縄張りへ向かうには、相応しい外見だった。
しかし、その印象も階段までだった。
3階の扉を開けると――
正面には受付。
だが、壁はない。
仕切りもない。
人もいない。
広いとは言えないフロアの奥に、男が1人立っているだけだった。
その男こそが、この商会の主。
伝説にも語られるほどのドラゴン。
そして――
魔王。
ルイス・デウス。
「よく来たね」
ルイスは、穏やかに微笑んだ。
「セレス」
「それと……」
視線がユウトへ向く。
「ユウト君」
「本日はお時間を頂き、ありがとうございます」
セレスが口を開いた。
いつもの軽さはない。
丁寧で。
静かで。
どこか距離を置いた声だった。
「そういうのはいいよ」
ルイスは軽く手を振る。
「うちの社員は、みんな早上がりさせた」
「楽にしてくれ」
そう言って、椅子を指差す。
座るよう促されたユウトとセレスは、ルイスの向かいに腰を下ろした。
「そのようね……」
セレスは、誰もいないフロアを見回す。
「ねぇ、ルイス……」
「あなた、バルド商会に入る気はない?」
「……え?」
思わず声を漏らしたのは、ユウトだった。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、ルイスもきょとんとした顔をした。
だが、すぐに小さく笑う。
「フッ」
「君の提案だ」
「恐らく、メリットしかないんだろうね」
「ええ」
セレスは真っ直ぐに頷いた。
「あなたにとっても」
「私たちにとっても」
「この街にとっても」
「だが断る」
ルイスは即答した。
セレスの眉が、わずかに動く。
「理由を聞かせてもらえる?」
「全知全能と天地創造は、一緒にいるべきではない」
ルイスは静かに言った。
「それだけだよ」
「君が一番分かっているだろう?」
「……」
セレスは言葉を詰まらせた。
「3000年前と今は違うわ!」
「食べ物以外にも争う理由ができた」
「むしろ、悪化しているよ」
「……」
セレスは何も言い返せなかった。
ユウトは、2人の会話についていけなかった。
ルイスの話の意図が分からない。
そんな顔をしていた。
「ユウト君」
不意に、ルイスがこちらを見た。
「君は、金持ちをどう思う?」
「え?」
突然の問いに、ユウトは戸惑う。
「何か裏で悪いことをしているに違いない」
「あいつは金の亡者だ」
「汚い金に違いない」
「そう思ったことはないか?」
「……」
ユウトは少しだけ視線を落とした。
「少しなら……」
正直に答えた。
そう思ったことが、一度もないとは言えなかった。
「君だって、金は欲しいだろう?」
「……まあ」
「自分は金を求める」
ルイスは静かに続ける。
「だが、他者が金を持つと、知りもしないのに悪と決めつける」
「……」
ユウトは何も言えなかった。
言葉が刺さった。
自分にも、そういうところがある。
そう思ってしまった。
ルイスの口元が、わずかに緩んだ。
「だから、私は魔王を名乗った」
「絶対的な悪」
「人間の敵」
「憎悪も」
「妬みも」
「恐怖も」
「全て、私が引き受ける」
「……」
セレスが、苦しそうにルイスを見た。
ルイスは続ける。
「分かりやすい敵を置けばいい」
「憎む相手が必要なら、私を憎めばいい」
「恐れる相手が必要なら、私を恐れればいい」
「倒すべき悪は、魔王のみ」
「人間同士で争う暇など与えはしない」
その言葉は、静かだった。
「私は以前、時が来たら彼女を解放すると言ったね」
セレス…
いや、シオリを見ながらルイスが言う。
「彼女の封印を解くのはその時だ…」




