第126話:ワンフロアの魔王城
ステイルの待つ車に乗り込むアメリ、ユウト、セレスの3人。
「師匠!」
「また来て欲しいっす!」
グレースに見送られながら、車がゆっくりと浮かび上がる。
いつの間にか、ユウトは博士から師匠へ昇格していた。
車内――
「疲れたぁああああ……」
工場から離れるなり、ユウトはぐったりと座席にもたれかかった。
「お疲れ様です」
「博士……」
目も向けず、ユウトに労いの言葉をかけ…
投げつけるアメリ。
(せめてこっち向いて言えよ)
ユウトは心の中で突っ込む。
「結果的に、博士のおかげで私でも気づかなかったリサイクル案が出たし……」
「良しとしましょう」
セレスは遠くを見ながら言う。
「そうね」
「さすがですねー。博士」
端末を操作しながら心にもないことを言うアメリ。
「……」
空気が重い。
いや、痛い。
(俺が悪いのか? これ……)
ユウトは視線を泳がせた。
「そ、それより……」
話をそらすように口を開く。
「次はどこに?」
「次が、今日のメインイベントよ」
セレスが答えた。
「なんだよ……」
「通信設備の打ち合わせ」
「通信設備?」
ユウトは眉をひそめる。
「それって、前に“古くからの友人”が対応してるって言ってたやつか?」
「うん」
セレスは短く頷いた。
「もうすぐ着くわよ」
車は徐々に高度を下げていく。
ユウトは窓の外を見た。
商業区画の端。
大商会の巨大な建物が立ち並ぶ中心部とは違い、小さなビルがいくつも並んでいる。
「大丈夫なのか?」
ユウトは思わず呟いた。
ネットワークというものには、とにかく金がかかる。
詳しくないユウトでも、それくらいは知っていた。
それを、こんな小さなビルで運用するというのだから、疑いたくもなる。
「この辺りは、大商会の傘下の商会がほとんどです」
アメリが説明する。
「じゃあ、これから行くところも?」
「いいえ」
アメリは首を横に振った。
「つい最近、新規で立ち上げられた商会です」
「見えてきました」
アメリが前方を指した。
ビルの階ごとに、いくつもの商会の看板が設置されている。
ビル一棟ではない。
その中の、たったワンフロア。
そこに、見覚えのある商会の看板があった。
“デウス商会”
「お、おい」
ユウトは思わず身を乗り出す。
「まさか……」
看板を指差しながら、セレスを見る。
「そうよ」
セレスは静かに答えた。
「打ち合わせの相手は、ルイス・デウス」
「あなたも知ってる男よ」
車がビルの前に止まる。
空気が、少しだけ変わった気がした。
「アメリはここで待ってて」
セレスが言う。
「込み入った話もあるから」
「分かったわ」
アメリは短く頷いた。
「俺は?」
ユウトが尋ねる。
「ユウトは来なさい」
セレスは車の扉を開ける。
「アポも取ってあるから大丈夫よ」
そう言って、セレスは車を降りた。
そして、ビルの入口へ向かって歩き出す。
「お、おい……」
ユウトも慌てて後を追うように車を降りた。
ビルの入口へ向かう途中。
セレスが立ち止まる。
「行くわよ」
その声は、いつもより少し低かった。
ユウトは、セレスの横顔を見る。
その瞬間。
セレスの目つきが変わっていることに気づいた。
さっきまでの穏やかな目ではない。
これから戦いに行くような…
そんな決意を宿した目だった。
「……」
ユウトは何も言わなかった。
ただ短く息を吐く。
そして。
「ああ」
短く。
けれど、はっきりと返事をした。
セレスは小さく頷き、ビルの中へ歩き出した。
その背中を追いながら、ユウトは看板をもう一度見上げる。
“デウス商会”
小さなビルの、たった一室。
だが、その先にいる男は。
この世界の誰よりも、巨大な影を持っていた。




