第124話:8と24
「さっそく、博士に見てほしいものがあるんすよ」
グレースは、ユウトの手を引くようにして室内へ入っていく。
室内には、いくつものモニターが並んでいた。
壁一面に設置された画面。
机の上に置かれた部品。
ケーブル。
工具。
よく分からない小さな板。
ユウトには、何が何なのかさっぱり分からない。
だが、グレースの目だけは輝いていた。
眠そうな目なのに。
技術の話になると、そこだけ別人のように光る。
「博士にお見せしたいものってのが」
「これなんすけど……」
グレースは、小さな板状のチップを取り出した。
「これは……」
ユウトはそれを受け取り、まじまじと見る。
小さい。
薄い。
そして。
分からない。
まったく分からない。
「ボクが作ったCPUっす」
「24コアっす」
「へ、へぇ〜」
ユウトは、分かったような顔で頷いた。
何も分かっていない。
「博士が8コアにした理由、ずっと聞きたかったんすよ」
「そ、それは……」
ユウトの背中に冷たい汗が流れた。
分かるはずがない。
こいつはいったい何を言っているんだ。
CPUという単語は聞いたことがある。
コアという単語も、なんとなく知っている。
だが…
8と24の違いが何かを語れる人生は送っていない。
「それは?」
グレースが目を輝かせながら、ユウトを見つめる。
完全に、答えを待っている目だった。
ユウトは目を泳がせた。
セレスを見る。
助けを求める。
だが、セレスはそっと視線を逸らした。
見捨てられた。
「ひ、必要ないんじゃないかなって……」
ユウトは小声で答えた。
目を逸らしながら…
「え?」
グレースの顔が真顔になる。
(まずい……)
終わった。
今ので終わった。
博士という幻想が、今まさに崩れ落ち――
「チッ」
セレスの方から、舌打ちが聞こえた気がした。
その直後。
グレースの目が、再び輝いた。
「そうか!」
「ただ性能を良くしても、使いこなせないんじゃ意味がない」
「そういうことっすね!!」
「……」
(そうなのか?)
ユウトは内心で首を傾げる。
だが、顔には出さない。
出せるはずがない。
「じゃ、じゃあ!」
グレースはさらに前のめりになる。
「メモリを16GBにしたのも、同じ理由っすか?」
「そ、そうなるね……」
ユウトは、できるだけ低い声で答えた。
中身はない。
ただ、雰囲気だけは出した。
「なるほど!」
グレースは大きく頷く。
「その方がコストも抑えられる」
「どんなに性能が良くても、手の届かない価格じゃ意味がない」
「量産と普及を前提にした設計……」
「そこまでお考えで……」
「き、君は頭が良いね」
ユウトは苦し紛れに褒めた。
「いや」
グレースは真剣な顔で首を振る。
「博士の足元にも及ばないっす」
ますます、尊敬の眼差しでユウトを見つめるグレース。
「……」
「ちょっと、シオリ」
アメリが小声で話しかける。
「どういうこと?」
「知らないわよ!!」
セレスも小声で返す。
「グレースの勘違いが暴走してる」
「想定外よ……」
「シオリにも想定外ってあるのね……」
「今まさに起きてるわ」
全知全能を超える何かが、目の前で起こっていた。
「博士!」
グレースは、さらに別の部品を取り出す。
「じゃあ、この排熱設計についても聞きたいんすけど」
「……」
ユウトは静かにセレスを見た。
セレスは、静かに首を横に振った。
助ける気はない。
「……排熱ね」
ユウトは、ゆっくりと頷いた。
「大事だよね」
「やっぱり!」
グレースの目が、さらに輝いた。
「そうっすよね!」
「……」
また、何かが勝手に補完されたようだ。
ユウトは思った。
もしかすると。
博士とは、知識ではなく。
相手に勝手に深読みさせる存在なのかもしれない。




