第117話:ユウトの異変
翌日――
ピピッ、ピピッ、ピピッ。
機械音で、ユウトは目を覚ました。
「……」
ピピッ、ピピッ、ピピッ。
チェックアウトのコール音だ。
マヤは、ユウトの部屋で寝ている。
必然的に、ユウトは近くのホテルで寝ることになった。
「……っ」
目を開けた瞬間。
頭が痛い。
脳を直接、紐で締め付けられているような痛み。
全身に重りでもつけられたような気怠さ。
(うぅ……っ)
喉が渇いている。
激しく。
まるで、体中の水分をどこかへ持っていかれたようだった。
(なんだこれ……)
初めての感覚。
ユウトは、ベッドの上で手を開いた。
水を創造する。
そのまま、口へ運ぶ。
ゴクッ。
ゴクッ。
ゴクッ。
一気に飲み干した。
喉の乾きは、少しだけ癒えた。
だが――
「うっ……」
今度は、吐き気が込み上げてきた。
ユウトは慌ててベッドから降りる。
足元が重い。
頭が揺れる。
それでも、なんとかトイレへ駆け込んだ。
「う……」
気持ち悪い。
なのに、吐けない。
吐きたいのに、吐けない。
それが余計に苦しい。
(どうしたんだ俺……)
一瞬、頭に浮かぶ。
(病院……)
そこまで考えて、すぐに思い出した。
(あぁ、だめか……)
まともに診られる場所がない。
昨日、セレスがそう言っていた。
「……」
(なんて世界だ…)
ピピッ、ピピッ、ピピッ。
「あっ……」
チェックアウトのコール音が鳴り続けている。
(早く出ないと……)
そのまま部屋を出て、急いでチェックアウトを済ませた。
ホテルの前には、セレスが待っていた。
「おはよう、ユウト」
いつも通りの笑顔。
そして。
「酷い顔だね!」
唐突な悪口。
「なんだよ急に……」
ユウトは顔をしかめた。
「余計なお世話だ!」
これでも一応、自覚はある。
死んだような目。
生気のない顔色。
だが、人に言われるとイラっとする。
「じゃなくて」
セレスはユウトの顔をじっと見た。
「顔、浮腫んでるよ」
「え?」
「二日酔いね」
「二日酔い?」
ユウトは、ぼんやりとその言葉を繰り返す。
「これが?」
聞いたことはある。
頭痛。
吐き気。
倦怠感。
酒を飲んだ翌日に来る、あれ。
だが、実際になると想像以上だった。
「病気かと思った……」
「フフっ」
セレスは少しだけ笑った。
「初めてのお酒で調子に乗ったのね」
「調子には乗ってない……」
ユウトは、片手で頭を押さえた。
頭に響く。
「さぁ、行くわよ」
セレスはくるりと背を向けた。
「行くって、どこに……?」
「決まってるでしょ」
そう言って、セレスは歩き出す。
「お、おい……待てよ……」
ユウトは辛そうな顔で、その後ろを追った。
──────────
そのころ。
ウラジオ商会。
商品開発室。
「マヤはまだ来ないのかい!」
ミチの怒号が、朝の開発室に響き渡っていた。
職人たちの肩が、びくりと揺れる。
「新人のくせに遅刻なんて、いい度胸してるね!」
ミチは腕を組み、苛立ったように足を鳴らす。
「ちょっと甘やかしすぎたかねぇ」
「ま、まぁ……」
近くにいた職員が、恐る恐る口を開いた。
「マヤさんの仕事は、昨日の時点で終わってますし……」
「そういう問題じゃないんだよ!!」
ミチの声が、さらに大きくなる。
「仕事ってのはねぇ!」
「チームのために動く!」
「それができない奴は、どこに行っても使えないんだよ!」
職員たちは、誰も言い返せなかった。
いや。
言い返さなかった。
この部屋では、ミチの言葉がルールだった。
長年、ウラジオ商会に尽くしてきた商品開発室長。
実績がある。
発言力がある。
そして何より、怖い。
ミチは苛立ったように机を叩いた。
「もういい!」
「さっさと仕事に戻りな!」
「……」
職員たちは、薄々気づいていた。
昨日のマヤは、明らかに限界だった。
それでも、何も言えなかった。
「返事は!?」
「は、はい!!」
職員たちは慌てて作業へ戻る。
道具を動かす音。
記録を書く音。
いつもの商品開発室の音が戻ってくる。




