第113話:生搾りレモンサワー
夜の街。
さっきまでの暗い夜道とは違い、街はまだ賑わっていた。
昼間とは違う空気。
仕事から解放された大人たち。
楽しそうに酒を飲む客。
屋台の前で、客と笑い合う親父。
昼の活気とは少し違う。
夜の活気。
その中を、二人の男が歩いていた。
ユウトとシュウイチ。
「この先に、よく行く店があんねん」
「へぇー」
ユウトは、少しだけ周囲を見回す。
夜に出歩くこと自体、まだ少し落ち着かない。
だが、隣のシュウイチは慣れた様子で歩いている。
その時――
「あら、シュウちゃん」
道端の女性が、手を振った。
「たまには、うちにも寄ってってよ」
「おう! また今度な!」
シュウイチは軽く手を上げて返す。
「シュウイチ!!」
今度は、店の扉を開けて親父が声を張った。
「新メニュー出したんだ! うめぇぞ!」
「おっ、ええやん! 今度寄らせてもらうわ!」
「シュウイチ!」
別の男が、酒の入った杯を掲げる。
「一緒に飲まないか?」
「ツレおるねん! また今度な!」
シュウイチは、誰に対しても気さくに返していく。
ユウトは、その様子を横で見ていた。
「……」
すごい。
ただ歩いているだけなのに、次々と声をかけられている。
しかも、みんな楽しそうだ。
(人気者だな……)
ユウトは少しだけ感心した。
「ほら! 見えてきたで!」
シュウイチが前方を指差す。
ユウトもつられて視線を向けた。
そこにあったのは――
見覚えのある外観。
ボロボロの佇まい。
古びた看板。
閉じられた扉。
うら飯屋。
「え?」
ユウトは思わず声を漏らした。
「あぁ、汚ったない店やけど、安心してええで!」
シュウイチは得意げに笑う。
「ここ、食いもんも酒も日本人好みで美味いねん」
「……って、閉まってるやん」
シュウイチは店の扉を見て、肩をすくめた。
「残念やなぁ」
「せっかく同郷に食わせたろ思ってたのに」
「知ってる」
「え?」
「来たことある」
「そうなん?」
シュウイチは、少し固まった。
そして、すぐに顔をしかめる。
「うわ、恥ずっ」
「俺、今めっちゃドヤってた?」
「少しな」
「やっぱりか!」
シュウイチは頭をかいた。
「同郷やから、絶対ここ連れてきたろ思っててんけどなぁ」
「ごめん」
「いや、謝られる方が恥ずいわ!」
ユウトは少しだけ笑った。
シュウイチも、すぐに笑い飛ばす。
「しゃーないな」
そう言って、シュウイチは振り返る。
「さっき新メニューがどうこう言ってたおっちゃんの店でええか?」
「任せるよ」
「覚悟しとけよ!」
シュウイチは、にやりと笑った。
「高いでぇ!」
「奢りじゃないのかよ」
「割り勘や!」
シュウイチは即答した。
「きっちり1円単位でな!」
「細かいな」
ユウトは思わず笑った。
なんだか、少しだけ気が抜けた。
二人は来た道を少し戻り、先ほど声をかけてきた親父の店へ向かった。
店の中は賑わっていた。
酒を飲む客。
料理をつまむ客。
大きな声で笑う男たち。
外から見るよりも、ずっと活気がある。
「おう! シュウイチ!」
店の親父が、すぐに気づいて声を上げた。
「お前の今度は2分後なのか?」
「それ言わんといて! 恥ずいやん」
シュウイチは笑いながら頭をかいた。
「ハハハっ!」
親父も豪快に笑う。
「座りな!」
「今日はツレもおるんよ」
シュウイチはユウトの肩を軽く叩いた。
ユウトはびくっと肩を揺らす。
「ど、どうも……」
「おう!」
親父はユウトを見る。
「シュウイチの知り合いか!」
「まあ……」
「同郷やねん」
シュウイチがさらっと言う。
「おっ、そいつは珍しいな!」
親父は目を丸くしたあと、にやっと笑った。
「なら、うまいもん食わせねぇとな!」
「さっき言ってた新メニュー2つ頼むわ」
「任せとけ!」
親父は厨房の方へ向かって声を張る。
「新メニュー二つ!」
「あと……」
「あぁ、ちょっと待って」
「自分で言ってみたい」
「とりあえず、生!!」
ユウトが注文すると。
「プッ」
「ハハハっ」
シュウイチが吹き出した。
「なんだよ……」
「あぁ、悪い悪い……プッ」
シュウイチは笑いをこらえながら、小声で言う。
「ここ異世界やで」
「生ビールはないねん」
「なぜかカクテルとかサワーはあるんやけどな」
「そんな……」
「俺の生涯言いたかった事ランキング上位の言葉なのに……」
「俺らの生涯、一回終わってるから安心せぇ」
「確かに!」
シュウイチとユウトは楽しそうに笑った。
「おっちゃん、俺生搾りレモンサワー」
「じゃあ、俺も!」
「あいよー!」
目の前で酒が作られる。
冷蔵庫から出されたグラスいっぱいに氷が入れられる。
レバーを奥に倒すと、液体がチョロチョロと流れ出す。
「あれは焼酎やな」
レバーを手前に倒すと、勢いよく液体が注がれる。
「そんで炭酸水」
不思議そうに眺めていると、シュウイチが説明してくれた。
「詳しいな……」
「昔、居酒屋でバイトしてたからな!」
「ここにイチゴシロップ入れたらイチゴサワー」
「メロンシロップ入れたらメロンサワー」
「色々あるけど、やっぱ……」
「はいよ! 生搾りレモンサワー二つ!」
目の前に、サワーとレモンが勢いよく置かれる。
「これや!」
「シロップは?」
「自分でレモン絞って入れるんや」
「へぇー」
「あんまり強く絞りすぎんなよ」
「苦なるで」
「このぐらいか?」
「そんなん聞くなって!」
シュウイチは笑った。
「仕事ちゃうんやから、失敗してもええねん」
「それも含めて楽しもうや」
「そうだな!」
(なんだろう)
(楽しい)
(こいつ、楽しい!)




