第110話:不安定な積み木
帰り道。
空は夕焼けと暗闇が混じり合い、紫色に染まり始めていた。
ユウトは、さっき見たルイスの背中を思い出していた。
人混みに消えていく、魔王の背中。
静かで。
遠くて。
ひどく寂しそうだった。
「なぁ……」
ユウトは、隣を歩くセレスに声をかけた。
「“精霊とドラゴン”の話って、何年前なんだ?」
「3026年前よ」
セレスは淡々と答えた。
「3026年か……」
ユウトは小さく呟く。
数字にすると、あまりにも大きい。
大きすぎて、実感が湧かない。
「……あいつは、そんなに長い間……」
ユウトは少しだけ言葉を詰まらせた。
「独りだったんだな……」
「そうね」
セレスは静かに頷いた。
「俺は5年だ」
「そう……」
「あいつと比べたら」
ユウトは自嘲気味に笑う。
「たったの5年だ」
「うん」
セレスは否定しなかった。
ただ、優しく相槌を打った。
「でも……」
ユウトは前を向いたまま続ける。
「生きてる実感がなかった」
「……うん」
「眠くなったら、朝夜関係なく寝て……」
「うん」
「腹が減ったら、適当に食って……」
「うん」
「毎日、なぜ自分が生きてるか理由と言い訳を考えて……」
「うん」
「結局、いつの間にか死んでて……」
ユウトの声は、少しだけ乾いていた。
「うん」
セレスは、ただ聞いていた。
茶化さない。
急かさない。
否定しない。
ユウトは、少しだけ息を吐いた。
「あいつに比べたら、5年なんて大したことないよな……」
「……」
セレスは足を止めた。
ユウトも、少し遅れて足を止める。
「年月の問題じゃないよ」
セレスは、静かに言った。
「3026年だろうと」
「5年だろうと」
「1分だろうと……」
セレスはユウトを見る。
「“孤独”に、大きいも小さいもないわ」
「……」
ユウトは何も言えなかった。
「けど……」
セレスは、ほんの少しだけ視線を遠くへ向けた。
「陸から遠くなる」
「陸?」
「そう……」
ほんのり冷たい夜風が、二人の間を通り抜ける。
「人間はね」
セレスは、ゆっくりと言葉を続けた。
「食べて」
「寝て」
「働く」
「その不安定な積み木の上で生きているのよ」
「どれか一つでも欠けていると、バランスが崩れて心が崩壊する」
「そして……」
「寂しい」
「辛い」
「不安」
「恐怖」
「そういった負の感情の海に落ちてしまう」
「……」
ユウトは黙って聞いていた。
「年月が長いと、その分、陸との距離が遠くなる……」
「その海に落ちたら……」
ユウトは小さく尋ねた。
「どうすればいい?」
「陸を目指して泳ぐか」
セレスは静かに答える。
「誰かに、積み木の上から手を貸してもらう」
「俺が……」
ユウトは、ルイスが消えていった方向を見る。
「俺たちが、手を貸せるか?」
「無理よ」
セレスは、はっきりと言った。
「……即答かよ」
「今のままでは無理」
セレスは、ユウトの手を見る。
「不安定な積み木の上にいる人の手は、拳になる」
「それじゃ、引き上げられないわ」
「……」
ユウトは、自分の手を見た。
さっき、ルイスを殴ろうとした手。
怒りで握りしめた拳。
動けるようになっても、結局振り下ろせなかった拳。
「まずは、ユウトの積み木も頑丈にしないとね!」
セレスが、にこっと笑った。
そして、手を開いて差し出す。
「……」
ユウトは、その手を見つめた。
白くて。
小さくて。
でも、不思議と頼りになる手。
「あぁ……」
ユウトは、その手を掴んだ。
掴んだ瞬間。
胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ崩れた。
「……っ」
涙がこぼれる。
止めようとしても、止まらなかった。
「セレス」
「ありがとう……」
「うん」
セレスは、掴まれた手をそっと握り返した。
「まずは、ご飯にしましょう」




