第108話:走れセレス
「……なぜスキルのことを知っているんですか?」
ユウトは、声を低くして言った。
「あんた……いったい……」
「おや?」
男は、穏やかに首を傾げる。
「昨日、名乗ったはずですが……」
「デウス商会のルイス・デウスですよ」
「そうじゃなくて……」
目の前の男は、ただの商人ではない。
それだけは、はっきり分かった。
ルイスは、少しだけ笑みを深める。
「君に分かりやすく言うなら」
そして、静かに告げた。
「魔王」
その瞬間。
ユウトの拳が強く握られた。
だが――
身体が動かない。
「……っ!」
足も。
腕も。
指先すら。
まるで空間に縫い止められたように、動かない。
「落ち着け」
ルイスは、変わらぬ声で言った。
「口だけは動くようにしてある」
「私の周囲の者は動けない」
「周囲の者に私たちの会話は聞こえない」
「この周囲だけ、そういう理に創り変えた」
「……何を……」
ユウトの声が震える。
怒りと恐怖。
その両方が、胸の奥で渦を巻く。
ルイスは、静かに問いかけた。
「私を恨むか?」
「当たり前だろ!」
ユウトは叫んだ。
「詩織を返せ!」
「時が来たら……な」
「ふざけるな!」
ユウトは、動かない身体に力を込める。
だが、何も変わらない。
ただ、声だけが喉から出る。
「なぜ詩織を封印した!」
「あのままでは、彼女と君が危険だった」
「危険?」
ルイスは、沈みゆく太陽を横目に見る。
「それもまた、人の欲だ……」
「人は、己より優れたものを利用したがる」
「その優れたものが己の理解を超えたとき、恐怖の元凶となる」
「……」
「詩織や俺が、恐怖の元凶になるって言いたいのか!?」
「はじめに言ったはずだ…」
ルイスは静かに言う。
「そのスキルは、本来人間が扱うものではないと」
「……」
ユウトの奥歯が鳴る。
言い返したい。
けど…
言い返す言葉が見つからない。
ルイスは、そんなユウトを見ながら続けた。
「話を戻そう」
「君はなぜ働くんだい?」
「そのスキルなら、衣食住に困らない」
「……」
創造スキルがあれば、食べ物を出せる。
飲み物を出せる。
服も。
家具も。
家すら、やろうと思えばどうにかなるかもしれない。
確かに。
生きるだけなら、働く必要はない。
「確かにそうだ」
ユウトは、絞り出すように言った。
「けど……」
頭に浮かぶ。
ウラジオ。
ロイド。
レイヴン。
セレス。
ケイト。
ワイト。
レグナス。
そしてシオリ。
この世界に来てから関わった人たち。
面倒なことは多かった。
疲れることも多かった。
だが、それでも。
「仕事を通して、沢山の人と関わることができた!」
その言葉を聞くなり。
「フッ」
ルイスの口元が、穏やかに緩んだ。
──────────
そのころ…
セレスは走った。
何も考えず走った。
いや、セレスは後悔していた。
「少しだけ…」
「少しだけのつもりだったのに…」
セレスは寝過ごした。
「このままじゃ、ユウトが…」
「ユウトが……」
セレスは分かっていた。
ルイスがユウトに接触することを…
セレスは激怒した。
ユウトを無為徒食の徒にさせてはならぬと決意した。
陽は、ゆらゆら地平線に没し
まさに最後の一片の残光も、消えようとした時
セレスは疾風の如くギルドに突入した。
間に合った。
「待て!」
「その人をダメ人間にしてはならぬ。」
「…」
ユウトはセレスに気づいた。
「誰がダメ人間だ!!!」




