第105話:おもしれー女
「次、テリヤキバーガーをもらうぜ」
ロイドが迷いなく手を伸ばす。
「私も、テリヤキバーガーを頂きますかな」
ウラジオも、包み紙に書かれた商品名を確認しながら選んだ。
「私は、ウラジオスペシャルバーガーをいただきましょう」
レイヴンも静かに手を伸ばす。
ハンバーガー三つ目。
普通なら、そろそろ重くなってくる頃だ。
だが、三人の手は止まらない。
包み紙をめくり。
三人が同時にかじりつく。
「……」
「……」
「……」
一瞬。
車内が静かになった。
「これは……」
ウラジオが、目を見開いたまま口を開く。
「お、おい……」
ロイドも、噛みながら固まっていた。
次の瞬間――
ロイドとウラジオが、勢いよく食べ進めた。
一口。
また一口。
止まらない。
あっという間に、二人は完食してしまう。
「……」
ウラジオは、空になった包み紙を見つめたまま固まっていた。
あまりの旨さに、言葉を失っている。
「テリヤキは、この……」
ロイドは何かを言おうとした。
「テリヤキが……」
そこで止まった。
語彙力を失っている。
どうやら、テリヤキは万人に愛される味らしい。
一方、レイヴンは静かにウラジオスペシャルバーガーを食べ進めていた。
表情は大きく変わらない。
だが、手は止まらない。
それだけで十分だった。
「ふぅ……」
ウラジオはラムネを一口飲み、ようやく息を吐いた。
「いや、驚きました」
先ほどまでの疲れがどこへ行ったのか。
ウラジオの目には、商人としての光が戻っていた。
「今まで食べたどんな料理よりも美味」
「ユウト殿」
「これは素晴らしい!」
「そ、そうですか」
ユウトは少し引き気味に頷く。
喜ばれるのは嬉しい。
だが、勢いが怖い。
「しかし……」
ウラジオが、ふと困った顔をした。
「問題が……」
「問題?」
ユウトは首を傾げる。
「ええ……」
ウラジオは、少しだけ苦しそうに腹を押さえた。
「もう満腹です」
「お、同じく……」
レイヴンも静かに同意した。
普段表情を崩さないレイヴンにしては、かなり苦しそうだった。
(だから全部食うなって言ったのに!)
ユウトは心の中で突っ込む。
「ハハハッ」
その横で、ロイドだけが平然としていた。
「んじゃ、俺はそろそろスペシャルに行こうかね」
そう言って、四つ目の包み紙を開け始める。
ウラジオとレイヴンが、悔しそうにそれを見る。
(いや、二人は普通だと思う)
(ロイドの食欲がおかしいだろ)
ロイドは何の迷いもなく、ウラジオスペシャルバーガーにかぶりついた。
「んっ!」
「これもいいな!」
ブレない。
本当にブレない。
その時だった。
レイヴンが、ふと視線を動かした。
人の気配を感じ取ったのか。
サイドミラーへ目を向ける。
そこには、歩いてくる一人の女性の姿が映っていた。
「……」
レイヴンの目が細くなる。
そして、すぐに何かを判断した。
「ちょうどいい」
「彼女にも試食してもらいましょう」
「彼女?」
ウラジオが後ろを見る。
ユウトもつられて振り返った。
歩いてきているのは、見覚えのある女性だった。
向かいの部屋の住人。
「えっ」
ユウトの声が漏れる。
「部外者に食べさせるわけにはいかんだろう」
ウラジオが少しだけ眉をひそめる。
「ご安心を」
レイヴンは静かに答えた。
「彼女は、うちの従業員です」
「それなら問題はないか……」
「え?」
ユウトは思わず声を出した。
レイヴンが車から降りる。
それを見て驚いたのか、女性の足が止まった。
「失礼」
「受付のマヤさんで間違いありませんね?」
「レ、レレ、レイヴン様ぁあ??」
次の瞬間。
マヤの目がキラキラと輝き始める。
──────────
ついに私にも、この時が来たのね!
レイヴン様。
王子様が高級車に乗ってお出迎えなんて!
あぁ、でもいけない!
貴方は社長秘書。
私はただの受付嬢。
社内恋愛なんてダメよ!
あぁ、レイヴン様。
待って。
そんな目で私を見つめないで。
分かったわ。
貴方が望むのなら、私……。
さぁ、この手を掴んで。
私と一緒に逃げましょう。
──────────
マヤは、レイヴンに向けて手を差し出したまま静止していた。
「……」
様子のおかしいマヤの姿に、全員が沈黙する。
「プっ」
「ハハハッ!」
ロイドが耐えきれなくなって笑い出した。
「えっ?」
車の中から聞こえる笑い声で、マヤが現実に戻る。
ロイドが運転席のドアを開け、車から降りた。
(おい……)
(お前まさか……)
ユウトが何かに感づく。
(やめろよ!)
(言うなよ?)
ロイドはマヤを見て、ニヤリと笑った。
「おもしれー女」
(言いやがった!!)
「ロロ、ロイド様ぁああ??」
レイヴンとロイドの組み合わせに、マヤはさらに驚いた。
「どうぞ」
レイヴンが助手席のドアを開け、マヤに乗るよう促す。
「は、はい……」
マヤは言われるがまま、助手席に座った。
「プライベートのところ、すまないね」
後部座席から聞こえた声に、マヤが振り返る。
そこには。
「うっそらジロおおさまああ!??」
「ウラジオだっ!」
すかさずウラジオが突っ込んだ。
「君に頼みたいことがある」
レイヴンが外から説明する。
「後ろにいるユウト様の試作品を……」
話の途中で、マヤが振り返る。
「ひょええええええっ」
驚きすぎて、突然奇声をあげた。
(なんで俺にまで……)
(ただのお向かいさんってだけで、そんな驚かなくても……)
「彼の試作品を食べて、率直な感想を貰いたい」
レイヴンは気にせず説明を続ける。
さすがだ。
「試作品ですか?」
「これです」
ユウトは箱の中を見せた。
「これは……」
マヤが、ゴクリと喉を鳴らす。
「我々も食べたが、君の意見も聞きたくてね」
ウラジオが補足する。
「損得なく、素直な意見を聞きたい」
「協力してくれるかね」
「……」
マヤは少し考えた。
「……分かりました」
「ありがとう!」
「今回のコンセプトは、車の中で食べられることだ」
ウラジオが補足する。
「まず、ウラジオバーガーからどうぞ」
ユウトは包みを一つ取り出した。
(量産用だったけど、また後で出せばいいか)
「よければこれも」
ユウトは見えないよう、後ろ手にラムネを創造し、マヤに手渡した。
「どうも……」
マヤは少し警戒しながらも、包み紙を開けた。
そして、一口かぶりつく。
「……」
その目が、わずかに揺れた。
だが、すぐに表情を引き締める。
「完食すると食べ切れなくなる」
ウラジオが言った。
「一口か二口に抑えてくれ」
「はい」
マヤは二口目を食べると、ウラジオバーガーを丁寧に包み直した。
「この酸味のある野菜は何ですか?」
「ピクルスです」
「これは、人によっては好き嫌いが分かれるかと」
「入れないという選択肢も欲しいです」
ちゃんとしている。
(たしかに、その通りだ……)
ユウトは素直に感心した。
「次は、お好きなのをどうぞ」
「では……」
マヤは少し考え、包み紙を確認する。
「ウラジオスペシャルバーガーを」
(この人、普通とスペシャルの違いを比べようとしてる?)
マヤは一口かぶりついた。
「これは……」
「とても美味しいのですが……」
そう言いながら、包み紙の端を見る。
「ソースが多すぎて、こぼれてしまいます」
「包み紙を改良した方が良いかと」
「ほう……」
ウラジオが目を細める。
ユウトも頷いた。
(なるほど……)
マヤの意見に、ウラジオもユウトも納得する。
「次は……」
「次……」
「次……」
マヤの的確な意見やアドバイスが続いた。
食べやすさ。
包み紙の形。
ソースの量。
どれも、ただ美味しいだけではない意見だった。
「最後に、テリヤキバーガーをいただきます」
マヤは包み紙を開け、一口かぶりついた。
「……」
「ふぅ……」
「美味しい!」
思わず本音が漏れたようだった。
だが、すぐに仕事の顔に戻る。
「ですが……」
「なぜこの商品だけ」
「ウラジオテリヤキバーガーじゃないのですか?」
「えっ?」
ユウトは固まった。
(確かに……)
(なんで俺、ウラジオを付けなかったんだ……)
「特に理由は……」
自分でも見落としていたところを指摘され、心が折れそうになるユウト。
「マヤ、と言いましたね」
ウラジオが口を開いた。
「は、はい」
「君を見込んで、頼みがある……」
──────────
「ではユウト殿、それにマヤ」
「また後日」
窓を開け、ウラジオが手を振る。
車は浮かび上がり、ビルの群れへと姿を消していく。
それを見送る二人。
肩を落とすユウトと、少し申し訳なさそうなマヤ。
「あの……」
「ちょっと言いすぎました」
マヤが謝ると、ユウトは慌てて首を振った。
「いえ、とても参考になりました!」
「ありがとうございました」
そう言いながら、ユウトはアパートへと入っていく。
その後ろ姿は、とても弱々しかった。




