34.決起
「ねえ、お母さん。何で皆ここに集まっているの?」
「阿求様が寄合で召集をお掛けになったからよ。」
不安そうにこちらを見上げる幼子に、母親は努めて優しい声でそう答えた。
ーーそう。
阿求が寄合で緊急招集をかけたのである。しかも召集の対象は里の要人達では無く全里人。ここ、里の中心部は里中から集まってきた何千人もの人々でごった返していた。
緊急招集、しかも全ての里人を集めるなんて間違いなく前代未聞の異常事態だ。
集まった里人達は口々に嫌な噂を囁き合っている。
無理もない。連日妖怪による襲撃騒動が起こっている最中での緊急招集。悪い想像しか湧いてこないのは当たり前だ。
「怖いよ......皆死んじゃうの?」
母親は震える我が子の手をぎゅっと握った。
「大丈夫よ。きっと博麗の巫女様が守ってくださるから。」
丁度その時、広場の中心に設置された壇の上に阿求が立った。
途端里人達はさっきまでの喧騒が嘘であるかのように静まり返る。
「皆さん、急な召集で申し訳ありませんが重要なお話があります。心して聞くように。」
それだけ言い残して壇を降りた阿求に代わって壇に登ったのは黒いローブを羽織り、一振りの長剣を携えた黒髪の青年だった。
「連日妖怪による襲撃騒動が起こり、皆さん落ち着かない心境の中日々をお過ごしでいらっしゃると思います。今回皆さんに集まっていただいたのは......皆さんお察しの通り、悪い知らせを伝えるためです。」
そこで切って大きく息を吸い込み、レンは話を続けた。
「......単刀直入に言います。明日、この人里に妖怪と魔物の大軍が攻め込んで来ます。それこそこの数日の騒動で襲撃してきたのとは比べ物にならないほどの数が。」
予想していた通り、群衆に大きなどよめきが走る。
泣き出し始める子供達。
何を言われたのかを理解できずに呆然と立ち尽くしている者や、逃げる支度を始める為に既に自分の家へ帰ろうとしている者すらいる。
「だから、どうか皆さんは今日中に人里からなるべく遠く離れた所へ逃げてください。道中で妖怪に襲われないようにお気を付けて......」
ーーそこまで言った時だった。
ふいに壇の真下......最前列に立っていたがたいの良い男がレンに問いかけてきた。
「旦那はどうするんだ?その言い方だとあんたは逃げないみたいだが......」
「俺は......里に残って戦います。」
一瞬予想外の質問に答えに窮したが、強い決心をもってそう答えた。
「なら......俺も残るぜ。」
「えっ......?」
またもや予想外の返答にレンは再び答えに窮し、場は静まり返った。
「あんた、珍しい服装だし......外来人だろ?他所から来た人間が残って里を守ってくれるっていうのに自分達だけ逃げるわけには行かないぜ。」
そう言って巨漢はにっと破顔した。
「なあ、お前らもそう思うだろ?女子供や病で戦えない奴ぁ逃げろ。だがそれ以外の奴が逃げるのはこの青年に対してあまりにも不誠実だと思うがね。ま、誇りとか義とかそんなもんほっぽりだしてそれでもいいって奴はさっさと逃げるがいいさ。」
男の話を聞いて再び群衆がどよめき。
「旦那、俺も残るぜ!」
「あっしも残りやす!」
次々と男達が手を上げる。
遂には里の男性のほとんどが名乗りを挙げていた。
中には女性や結構なご老体の姿も。
「皆さん......!」
レンは感極まって目の端に浮かんできた涙を大衆に見られないよう誤魔化すために、深々と頭を下げた。
ーーこんなに居心地の良い里を滅ぼさせたりするもんか。
傀儡の侵略をなんとしても食い止めて見せる。
「ぎゃふんと言わせてやりましょ!!」
ーーおぉーっ!!
いつの間にか勝手に段に上がってきていた霊夢の掛け声に、里人達の大きな歓声が応える。
「どうした?柄にもなく熱くなっているじゃないか。」
と霊夢に茶々を入れる魔理沙。
「う......うるさいわね。さっさと明日のために準備を始めるわよ。」
霊夢は照れくさそうにしながら壇を降りた。
※※※
決起集会の後、里人達はすぐに迎撃の準備に取り掛かった。
戦えない老人や女子供のために里から少し離れた場所に即席の避難所を建て、里の入り口には簡易的な物見櫓や防衛壁を建てる。
鍛冶屋は大至急で武器を作ったり、米屋は兵糧を作って皆に配ったり。
体制を整えるので忙しく、日付が変わって日が昇るまではもうあっという間であった。
ーー翌日の朝。
里の者達はそれぞれの配置について敵の襲来を待っていた。
各々の手には鍬や矛などの武器が握られている。
各々既にできる限りの準備を終え、士気の高さも十分。
後は決戦の時を待つのみ。
「出たぞ!!あそこだ!」
不意に物見櫓で遠くを見張っていた者が遠くの方を指差して叫んだ。
男の指差す方へ向けると、成る程。遥か遠く、確かに凄まじい数の傀儡ーー妖怪やら魔物やらがこちらへ向かって進んできているのが見えた。
......あれだけの数を相手にして、本当に勝てるのだろうか。
いざ大軍を目の前にしてみると、自分達が極めて無謀なことをしようとしているのだと改めて感じて不安な気持ちになる。
「......。」
遠くに蠢く大軍を無言で見つめるレン。
直後、その背中にべしっと強烈な一撃が叩き込まれた。
「痛ッ!?」
驚いて小さく飛び上がり、振り返ると霊夢が腰に手を当てて立っていた。
「何よ?緊張しているの?」
「......まぁね。正直勝てるかどうかも分からないんだし、偽りの神の幹部と戦うのも少し怖いかな。」
「偽りの神?あんた何の話してるのよ?」
あっ、霊夢はこの話知らないんだった。
「いや、やっぱ聞かなかった事にしてくれ。」
「むぅ......色々と気になるけどまぁいいわ。でも怖いのは皆同じよ。あんたや私は昔から戦闘経験を積んできたような人間だからまだいいけど、里人達はほとんどが戦闘は愚か武器すら握った事ないような人たちばかりでしょ。私達がそんなんでどうすんのよ。」
言われてみれば確かに。人間の里は本来掟で守られているからそもそも里人達自らが武器を持って戦う必要が無いのだ。
きっと彼らは皆レン以上に、初めての戦への恐怖を感じているに違いない。
そんな彼らが一緒に残って戦ってくれると言うのに、自分が臆病になっていてはいけない。
「そうだな。俺たちが弱気になってちゃ......って、その言い方だと霊夢もちょっとは怖いと思っているっていうことか?」
「わ、悪い!?文句があんなら言ってみなさいよ!!」
「いやぁ......霊夢にも怖いものがあるんだなって。くくく......。」
「しばくわよ!?」
顔を真っ赤にして手刀を振り上げる霊夢。
「ごめんて!悪かったってば!すぐ手ぇ上げるのやめろ!」
「......馬鹿。ちょっと心配してやったらこれなんだから。」
と、そこへ。
「おいお前ら。良い所を邪魔して悪いんだが、もうすぐそこまで敵の大軍が迫って来ているんだぜ?」
頭の後ろで手を組みながらニヤニヤ顔の魔理沙が歩いてくる。
「べ、別にそんなんじゃない!ほらさっさと配置につくわよ!」
何故かぷりぷり怒りながら歩く霊夢の後ろを魔理沙はにやにや顔のままで、レンは不思議そうな顔をしながらついていくのだった。
ーー数十分に渡り、両軍互いに睨み合った末に。
「全軍攻撃開始。さあ我が仮面の傀儡達よ、存分に舞うがいい。あの集落を滅ぼせぇッ!!」
ヴェルディウスの声で、傀儡の大軍が侵攻を開始した。
人里の門の前でその様子を見ていた黒髪の少年も剣を鞘から抜き放ち、叫んだ。
「行くぞッ!!皆で人里を守るんだ!!」
里中の男達の返事の怒号を合図に、先陣を切って駆けるレンの後を他の者達も続く。
こうして遂に二つの勢力が真っ向からぶつかり合いーー
ーー今、戦いの火蓋が切って落とされた。




