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襲撃2

 がいんと何とも言えぬ鈍い音が響く。

 思わず目を閉じてしまったアリアスは、いつまで経ってもやってこない衝撃に恐る恐る閉じていた瞼を上げてみる。そこには見たこともない美しい女性がこれまたその細腕に見合わないサイズの大槌を持って振り下ろされた剣を受け止めていた。

 ギャリギャリという耳障りな金属同士の摩擦音が聞こえると幾分か力負けして押されてしまった美女が「せいっ」という掛け声とともに男の剣を退けた。

 しかし、大振りになったその隙を見逃すほど目の前の敵は易しくないようで、ついで二撃目が美女に迫る。が、それを見越していたのか彼女は待ってましたと言わんばかりに大槌から手を離した。すると大槌が光を放ち瞬く間に形を変えていく。光が完全に収まった頃にはその形状は鞭のそれへと変わっており、そのまま二撃目へとしならせた鞭が絡まった。

再びの膠着状態に遂に美女が口を開く。


「―――何のつもり、タイスウ。ここはあの子の箱庭よ。あんたの庭じゃないわ。」

「何のつもり、だと?それはこちらの台詞だ。何故この様な有象無象がうじゃうじゃと……そもアースレイは何処だ。吾は奴に用がある。」


「出せ。」という短い言葉とともに剣を握っていないほうの手のひらから僅かにサラサラと音がしたかと思うと、その手には既に追撃のための砂……ではなく色味や集まり方からして砂鉄や磁石の様なものの類だろうか?が脇差位の長さの刃を三本、形成していた。

 そのまま手の平を美女に……ではなくアリアスと雪の方に向けた男、タイスウは漆の様に黒いその刃を何の躊躇いもなく射出した。

 ぎょっと目を見開いた美女が「逃げなさい、あんたたちっ」と叫ぶも、恐怖からか状況把握が上手く出来ていないアリアスらは成す術もなくただ見ているしかできない。


(ああ、ここで私は死ぬんだ。)


 そう漠然とした答がアリアスの中に浮かび上がる。

 抵抗しようという気は不思議と起きなかった。何をしても無駄だというより、今自分が死にそうになっているという事実に心が追い付かない。


(死ぬ。死んでしまう。)


ただぼーっと心の中で反芻する。

勿論迫りくる刃は止まらない。


遂に刃が目の前にまでやってきたその瞬間


「―――。」


懐かしい声が聞こえた気がした。




 ギャララララっという音とともにタイスウとタイスウの持っている武器、そして飛ばされた刃それぞれに鎖が巻き付けられる。

 そのまま何かに引っ張られるかのように鎖が一気に締め上げられ、飛ばされた刃に至ってはからめとられると同時に消失した。


「間に合った、みたいですね。」


声のした方へと一斉に視線が向く。

そこには、この箱庭の主である浄玻璃鏡が立っていた。




「―――ほう、随分遅い到着だな。貴様が噂の鏡か。」


 視線を投げかけているタイスウが明らかに不愉快だとわかる地の底から響くような声で言った。

対する浄玻璃鏡は何を思ってかは定かではないが、相も変わらず無表情。ただ怜悧な美貌だけが居座っている。アクションを起こしたといえるのはわずかに首を傾げたくらいだろうか?


「噂?」


 相手のあまりにもあけっぴろな感情表現の仕方に内心で戸惑いつつ、タイスウの背後に見えるニーグメージュにアイコンタクトで後ろの二人を逃がすよう伝えると上手く汲み取ったのかニーグメージュの片手が光り出す。

 アリアスと雪が何処かへと転移させられたのと、ニーグメージュの両の手に杭が穿たれたのはほぼ同時だった。ニーグメージュの口から小さく苦悶の声が漏れるが、それすら気にする素振りも見せずに男……タイスウは改めて浄玻璃鏡の方へと向き直った。


「手間が省けた。さて、では吾が友を誑かした者の力、見せてもらおうか。」

「っ、逃げなさい!浄玻璃鏡っ。こいつは戦神タイスウ、荒魂だったのを無理矢理神の形に押し込めた魔神よっ今の貴女が勝てる相手じゃっ。」


 ニーグメージュが必死の訴えを言い終えるよりも早くその手は浄玻璃鏡の首を締めあげて、焼け爛れる。炎の高温による火傷ではなく、強酸性の液体がかかったように今も尚煙を上げゆっくりと、しかし着実にその外装を溶かしていた。


「奴の寵を……その冠か。」


 忌々しそうに浄玻璃鏡の頭頂部にて輝く冠を見遣ったタイスウは目にも留まらぬ速さで両手で奪い取り、そのまま投げ捨てた。

いつの間にかその冠を覆うように展開されていた半透明な箱型の何かのおかげか、床に落とされたそれには傷一つついていない。


(空間ごと、もぎ取ったっていうのっ!?)


 半ば磔状態といっても過言ではない態勢になっているニーグメージュは放られた冠を見て冷や汗を垂らした。空間の剥離、それ自体は別にどうということはない。速度や優先順位故の違いはあれど、ニーグメージュだってアースレイだって、その他のどのような神でもできる。だが、そこではない。ニーグメージュが驚愕したのはあくまでも環境。此処が現世や他の神の箱庭ではなく、今一方的にではあるが敵対している浄玻璃鏡の箱庭だということだ。

 箱庭は現世とは違う、その神を現す神の所有物たる世界。理想郷であり牢獄である。

 全てはその箱庭の所有者である神の思うがままに構築されるそれは、同時にその神そのもの、いわば神の身体だといっても過言ではない。故に箱庭で最優先されるのは此処では浄玻璃鏡であり、最も反映されるのも浄玻璃鏡の意思だ。それがどうしてこの魔神が好き勝手出来ているのか、いくら浄玻璃鏡が正式な神ではなく見習いの時分だったとしても異例の事態にニーグメージュは舌を打ちたくなった。

 あまりの事態に己の見積もりが甘かったことを思い知り舌打ちをする代わりに唇の端を噛む。


(甘かった、本当に。妾の馬鹿、アースレイが出てきてるってことはタイスウも出てくることはわかりきってたはずなのにっ。)


 引きこもっていたせいで思考まで落ちてしまったのかと自嘲しつつ、タイスウの攻撃を回避し続けている浄玻璃鏡の身に着けている浮遊する衣を呼びつける。そのままの勢いでまるでマリオネットか何かの様に浄玻璃鏡ごとニーグメージュの前へと飛来したそれを口で引き抜くとその場に放る。

しばらくくるくるとニーグメージュと浄玻璃鏡の周りをまわっていたそれは薄く広がり、天蓋の様な様相へと変化していた。


「……ふう、取り敢えずこれで一安心」


 言いかけたところで思い切り何かを叩き付けたかのような轟音が外から聞こえてくる。

「ではないみたいですね。」という浄玻璃鏡はこんな緊急事態だというのに全く動揺が見えない。

どんだけ肝が据わってるんだこの子。とそんな友人の姿にニーグメージュは頬をひきつらせた。


「こ、こほん。まあとにかく時間もないみたいだし、緊急の作戦会議を始めるわよ。」



一方天蓋の外側では、苛立たし気にタイスウがその場に胡坐をかいて座っていた。

彼の心情は穏やかではない、というより荒れ狂っている。


(―――……弱い。)


 先程一方的にではあるが戦った付喪神の女……浄玻璃鏡の感触を思い出しての一言。

弱い。その一言に尽きる。タイスウの攻撃を回避し続けたその俊敏さは認めよう。

だがこの程度その他の神でも、それこそ人間にだって稀にいるのだ、このくらい特別視されるには能わないだろう。何故、自身が友と認めるアースレイが女に執着するのか皆目見当がつかない。


「アースレイ?あっはっは無理無理~あの子今新しく神になった子に夢中だからさ~。」


アースレイを訪ねた際に自身を追い返したとある神の言葉が思い出された。

その他にも噂好きの妖精たちからは「鏡の女がアースレイを誑かした。」「アースレイが権能を譲渡したらしい。」などと言っていたことを思い出す。確かに、女の被っていた冠にはこれでもかというほどのアースレイの力と、そして恐らく権能が込められているのだろう。

 そも装飾品を贈る意味。人間たちの間ではよく分からないが、一部の亜人や神にとってそれは片足を棺桶に突っ込む……要は婚姻を意味しており、特に頭の上に頂く冠は主導権を明け渡すことを意味している。あの無感動にして無関心の化身の様な自身の友が、である。不自然にもほどがある。

 ならば神として授かった権能が余程特殊なものだったのだろうかと思うも、それも首を振って否定する。

 アースレイに魅了などの力が効かないのはタイスウも承知の上だし、そんなアースレイすら術中にはまらせる力が仮にあるとするなら先程の戦闘中にいくらでも自身に掛けられたはずだ。

 それとも……自身が取るに足らない存在だと?手加減でもしているのだろうか。


(……ふざけるなよ。)


 タイスウが立ち上がる。と足元にクレーターができた。

百歩譲ってアースレイが誑かされたというのなら許せる。経緯はどうあれそれは油断した奴が悪いのであり、殴って正気に戻せばいいだけの話だ。

だが、自身に手加減をして対応したということがタイスウには許せない。

あまつさえ顔色一つ変えず、受動的にしか動かない。まるで取るに足らない羽虫の類だとでも言われているかのような、ともすれば無視されているようにも感じる女の行動は、タイスウにとってとても許容できることではない。


「気に食わん。疾く姿を見せるがいい。」


言って、タイスウは自身の持っていた独鈷の様な物を目の前の天蓋へと放り投げた。

火花が散り、天蓋が張り裂ける。

そこには両腕の自由になったニーグメージュと件の女……浄玻璃鏡が立っていた。


「さあ、茶番は終わりだ。貴様は殺す。」


確かな怒りをもってして爛々と目を輝かせた戦神は謳うように告げた。

対する浄玻璃鏡は相も変わらずただ冷えた目でタイスウを見る。


しかし、意外なことに先に動いたのは浄玻璃鏡の方であった。


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