物語の外側から
(確かに、メグの言う通り今の私ではタイスウ、だっけ?を倒すのは無理……けど、時間稼ぎさえできれば……。)
ザリザリとまるで昔のテレビの砂嵐の様なノイズ交じりの鏡たちから示される情報の中から辛うじて見つけることが出来た頼りになる存在……アースレイが映っているものを選んで潜り抜けようとして……カチッと、時計の針が動くときの様な、何かのスイッチを押してしまったかのような音が嫌に響き渡った。
停止。
まず、生物。
目の前で憤怒の形相を晒すタイスウが止まった。
浄玻璃鏡の後ろで次の一撃の準備をしようとしていたニーグメージュが止まった。
次に景色。
未だ崩れ落ちる瓦礫が落下の瞬間そのままで固定されている。
タイスウが攻撃を放った時の爆風に舞う埃すらそのまま止まっている。
更に周囲は生物無生物問わず急速にその色彩は失われていき、古ぼけたセピアからモノクロに変化する。
そして、白黒になったそこには侵食するようにどろりとした粘度のある墨汁の様な黒い何かが湧き上がって塗りつぶしていく。
「何です?これ……。」
勿論答える者はいない。自分以外が止まっているのだから当たり前なのだが、それがわかっていても疑問を口にするのを止められない。
既に逃れられないという今からの逃避なのか、はたまた恐怖なのか、それが分からないから、いいや、解りたくないからこそ、思考せずにはいれなかった。いったい何が起こって、これからこのよくわからない何かに呑まれた自分はどうなってしまうのだろうか。
そんな無駄なことを取り留めもなく考えていると……。
遂にそれは浄玻璃鏡の足どころか膝、腰と止まることなくそのままその空間を満たした。
「……き……て。」
始めに感じたのは、温かさ。
「お……って……。」
まるで春の様な穏やかな陽気。
通り抜ける風も……緩やかとは言い難いが、悪くはない。
「ねえ!おきてって!鈴鹿ちゃん!!」
声が降ってきた。
まるで拡声器でも設置されているのではと思ってしまうような声が、私を呼んだ。
目を開ける。ぼんやりとした視界に最初に映ったのは澄み渡った空、そして、人の顔。
遠近感がおかしくなるくらい巨大な顔が、浄玻璃鏡を見ていた。
「……ノゼヴィル……?」
不思議と思い当たった名を口に出すと巨大な顔が破顔する。
サイズが滅茶苦茶が故になんとなくではあったのだが、当たっていたようだ、と自身も力なく笑い返した。
「よかったあ……本当に一時はどうなることかと……。」
ぐす、という嗚咽を皮切りにまたあの会議の時の様に大粒の涙を流すノゼヴィル。
その涙が顎を伝って落ち、浄玻璃鏡の下へと次々落下する。
何故か分からないが現在手乗りサイズになっている浄玻璃鏡としては巨大な水の塊が降ってくるわけで、正直言って勘弁してもらいたいところである。何粒目かの雫を避けたあたりでやっと気がついてくれたらしいノゼヴィルはまだ愚図りながらも浄玻璃鏡を乗せているのとは別の手で雑に涙を拭った。
「さて、ここに君を呼んだのは他でもない。誰にも邪魔されず、僕が君と話すためさ。」
「それよりも此処どこですか?というかスケール違いません?」
開口一番の一言にきょとんと浄玻璃鏡を見ていたノゼヴィルではあったが、ふふふと抑えるように笑ってそうだねと緩く頷いて見せる。
「此処は世界の外。天でも地でもない狭間に在りながら無い空の空間。……まあ、簡単にしてしまうと僕のアトリエ、かな?」
サイズに関しては申し訳ないけど我慢してほしい。僕の見え方は人それぞれだし、その人の認識をかえろっていうのはちょっと……、と渋る様な困る様な表情でノゼヴィルは頬を掻いた。出来ないことは無いがどうやらめんどくさいらしい。
「それで、要件は?」
「へ?あ、うん。実は君の現状に思うところが……いや、うん君が悪いってわけじゃないんだけど。」
もごもごと何かを喋ろうとしては口を閉じるを繰り返す目の前の主神に、浄玻璃鏡の中で徐々に苛立ちが募る。
それもその筈、なんせついさっきまで勝ち目が全くもってないような相手と対峙していて、そんな場面にニーグメージュを残してきているのだ。彼女の戦っている姿は見たことが無いが、あの自身に対する忠告や、その後に負った手傷のことを考えるといくら女神でも分が悪そうである。そのため助けにならないかもしれないが早く帰らなくてはと、浄玻璃鏡の中に焦りが浮かんだ。
しかし、次の瞬間ノゼヴィルから出てきた一言は、そんな焦りすら忘れてしまう位衝撃的なものだった。
「―――君、自分が今の今まで操り人形だったっていう自覚ある?」
「はい?」
思わず聞き返す浄玻璃鏡に、今度は笑顔なんて欠片も残っていない真剣な表情でノゼヴィルは続ける。
「うん、信じられないよね。だって君は自分で見て感じて、自分で選択してきた。そうだろう?」
はい。と自信があるわけではないが確かにそうだったと記憶を反芻しながら頷く。
「じゃあ、君はどうして友人……アリアスと距離を縮めようとしないんだい?」
「そ、れは、僕が勝手に、疎外感を感じていただけで……。」
そう、勝手に遠いと感じて、勝手に疎外感を感じて、勝手に感傷に浸っていただけで、それだけだ。
「じゃあ、どうして彼女と一緒に来た勇者を名乗る集団の子たちの滞在は許可したのにその後は投げやりだったの?あんなに不安そうで、不安定な子たちだったのに、どうして?」
「え?投げや……り?」
「だってそうじゃない、突然知らない所に来たと思ったら何の説明もなく此処にいてもいいよって言われただけで何時までとか此処はどういうところでなんて説明は一切なくて、必要最低限の食事すら出てこない。そりゃあ不安だ。実際この世界に召喚された君だってパニックでそれどころじゃなかっただろうけど、そうだっただろう?どうして放っておいたの?」
どうして?なんて言われてやっと気づく、どうして自分は彼彼女らを放置してしまったのだろうか?どうして自分は対話しようとしなかったのだろうか?どうして、どうして?
意識がぐちゃぐちゃになっていく。考えがまとまらない。
「それに、あの子だってそうだよ。君のことをおかあさんとか呼んでいた子。……あの子だって会ってそれっきりだろう?」
それとも何?挨拶さえすればみんなまとめて懐にっていうのが君の中の暗黙のルールなの?などと言い募るノゼヴィルに先程までの頼りなさなど微塵もなかった。だがそれすら目に入らないくらい混乱していた浄玻璃鏡はただただ怯えるでもなく呆然としている。
「そして更に言うならさっき選んだ鏡。それのせいで君は、君の居た世界は既に消滅したよ。」
さあどうだと言わんばかりの言い草、それすら考える間もなく逸れていく感覚に今度こそ浄玻璃鏡は否定の言葉が出ず、黙り込む。
「ね?何も思わないでしょう?おかしいと思わない?いくら人間と感性の異なる神になったとしても、一つも心が動かない。なんて。」
君はあれだけ二人の友人を探そうと思っていたし、拾った人間を見捨てるような無責任な子でもなかったはずなんだけどね?とまで言ったノゼヴィルはやっともう一度笑った。
「うん、でも仕方のないことなんだよ。だって君は何にも、なーんにもしらなかったんだから。大丈夫、例え世界が滅ぼうが、君の心が少しも動かなかろうが、別に責めるつもりはないよ。だって、悪いのは確かに君かもしれないけれど、君だけが悪いわけじゃないんだから。」
聖母の様に慈愛に満ちたその顔で、尚もノゼヴィルは残酷な話し口を崩さない。
「君を見ていなかったアースレイが悪い。君に箱庭を教えなかったジルネーが悪い。後回しにしたニーグメージュが悪い。勝手には入ってきた彼らが悪い。君に気がつかなかった親友が悪い。身勝手な人間が、人の振りをした物たちが、それを許す環境が、子供の振りをした何かが、空気を読まずに来た魔神が、みんな悪いんだから、別に君だけが気にする問題じゃあない。ほら、ね?別に問題なんかじゃないだろう?」
さらりと先程告げた世界が滅んでいるという事実さえ含めて、それでもどうでもいい、気にするなと、まるで無責任な友人の宥めの様に言う目の前の神に、浄玻璃鏡は返すことが出来ない。いったいなにを言っているんだと言いたいのに、憤ることすらできないでいる。
どういった所で最後のトリガーを引いたのは浄玻璃鏡自身なのだとわかっているからなのか、恐ろしくてそれ以上を詮索することが出来ずにいるとノゼヴィルが瞳を細めた。
「でも、これでも僕にも一応目的はあるし、そのためにも今君に死んでもらったら困る。というか実質君が死ねばその分だけ世界が滅ぼされちゃうから、くれぐれも死ぬことが無いようにしたい。が、今のところの僕の本音なんだよねえ。」
きろり、と瞳が動いて浄玻璃鏡を直視すると、涙を拭っていた手をおもむろに下へと突っ込んだかと思うとすぐに浄玻璃鏡の目の前へと握りこぶしの様にしたそれを持ってくる。
開いた手のひらの上には、浄玻璃鏡へと送られた冠があった。
思わず手を伸ばそうとして、それが叶う事はなく目の前でクシャリと無慈悲にも潰される。
「あ……。」
漏れた嗚咽に、何故か本当に残念そうにノゼヴィルはごめんねと呟いた。
「でもこれがある限り君は君の能力を満足に使えないし、最悪……というかほぼ確定で誰かの操り人形になるしかない。」
さらさらと潰した手から零れ落ちる黄金の輝きが何処ぞへと消えていく。
同時に頭の中で何かがバチリと、火花の様なものが散った。
思わずぐらりと身体が傾く、言いようのない虚脱感。
(この感覚、何処かで……。)
思い出せない。が、やけに視界がクリアになり、心もどういう訳か夢見心地から解放されたかのような、もやが取り払われたような、そんな感覚が絶えず広がっていく。
「僕、なんで……。」
「うん、まあこんなものかな?時間が無いから、手短に言おう。」
事態について行けない浄玻璃鏡をそのままに、ノゼヴィルは宣言するように告げた。
「修練の時間だよ、鈴鹿ちゃん。」




