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襲撃

―――ばちり、と何もないはずの中空に稲妻が走った。

 そのまま幾度も火花が宙を舞い、遂にそれは亀裂の様に広がって、否。亀裂として形成される。

 その、いまだに火花が散っているそこから出てきたのは手。成人男性のそれは丁度指が根元まで出たところでその亀裂をまるで押し広げるかのように横にずらしてもう片方らしい手を出すと、一気にこじ開けた。


 出てきたのは、紫交じりの黒髪とも逆ともとれるなんとも言えない配色の髪を適当に括った、戦装束の男だった。その端整な顔には乾いた血の様な暗い赤の瞳がギラギラと輝いており、まるで手負いの獣の様な印象を受ける。しかしそれは同時に狂喜的な感情も多分に含まれているようで、事実、男はこれでもかというほど口角を上げて―――盛大に、笑った。


「は、ははは……はははははははははっ。あはっはっはっはっはっ、はーはっはっはっ。」


 抉じ開けた亀裂は修復されたが、男がそのままふわりと降り立ったはずの地面が沈み、黒い水の様な粘度のある液体が染み出してくる。

 液体が男の靴に触れた瞬間その表面を這うように上へ上へと伝って行くかのように移動し始め、それを見遣ることすらしない男は笑い声を止めると殊更に凶悪な笑顔になって、まるで誰かに向かって話すかのように独り言を零す。


「ふん、母を求める子の思いか、それとも器を欲する欠けの本能か?まあいい。吾をあれと間違えるほどだ、もう長くもないだろう。……疾く吾が前から失せよ。」


 男の血の様な色の瞳が這い上がる液体の方に向くと、まるで排水溝に押し流される水の様に瞬く間に引いていき、見えなくなった。

 液体が完全になくなったことを見届けた男は「さて、どうするか。」と言って何故か両目を瞑ると、そのまま何かを探すかのように首をゆったりとした動作で左右に振る。

 男が片足を前に出した、かと思うと、次の瞬間には少し離れた場所の角……丁度男からは死角になっていただろうそこに移動しており、片手は高く上げられ、その手にはとある男子生徒の首が収められている。

いや、収められている、というよりもっと正しく言うのなら、その首に据えた手で、絶えず男子生徒の首を絞めている。


「あ゛……がっ……ご、え」


 余程締め上げられているのか、男子生徒の声にならない悲鳴ですらない嗚咽が時折漏れるくらいで、か細い呼吸音すら満足に聞こえてこない。そんな男子生徒の様子を笑顔を消してただ無表情で眺めていた男は、その自らの腕を外そうと藻掻く手が弱弱しく垂れ下がる直前にそのまま首に据えた手を離した。

 当然の様に落下し、激しく咳き込んでいる男子生徒の襟首を掴んで今度はそのまま引きずっていく。

 例え相手が怒っていようが、怒鳴っていようが、青褪めていようが、泣いていようが男にとっては等しくどうでもいいことだ。

 何せ、先の対応でこの引き摺っている少年……男からすればただの影絵の様なものなのだが……がどの程度かは知れた。

 期待外れも良いところで、男が求めるものではない。折角自身を此処に招き入れたのだから相応の人物だろうと期待していたというのに……男は溜息を吐きたくなった。


「有資格者でこれとは……話にならんな。それにしても弱い……何故斯様なものが此処を跋扈しているというのか、吾が友の怠慢か?いや、奴に限ってそんな……。」


 ブツブツと何やら呟きながらも決して足を止める事無く男は何処ぞへと歩いていく。

その後も、男が付喪神……ではなく、此処に迷い込み保護された者たちと相対するたびに引き摺る荷物が増えていくのみであった。



***



「お手数をおかけして、ごめんなさい。」

「気にしないで、これが仕事みたいなものだから。」

「で、でも……それでも申し訳ないです。私なんかより、もっと重症の人が何人かいるとお聞きしました。」


 しゅんと酷く落ち込んだ様子で俯く目の前の少女に、アリアスはなるべく疲れを感じさせない笑みで微笑みかけた。

そして、むしろありがとう、と続ける。


「?お礼なんて……むしろ私の方が。」

「いや、私の方からも是非とも言わせてくれ、申し訳ないとか、ごめんなさい。なんて言ってくれてありがとう。こっちを気遣ってくれるのなんて、君を含めても5人いないくらいしかいないからさ、不謹慎かもだけど、ちょっと、うれしい。」


 言って、アリアスは眩しいものでも見るかのように目を細めた。

 この場所に来てからというもの、ずっと治療と交渉にあたっているが、何というかそう、やってもらうのが当たり前みたいな、そんな扱いが広まっている様で、なんとも言えない気持ちがくすぶっている。

 別にやってやってるんだから感謝しろとかは言わない、だが、こちらも人間だという事を考慮してほしいと思う事はあった。

例えばわざと傷を付けて手当ついでに相談という名の雑談を持ちかけてくるとか、傷の処置が荒いと怒鳴ったりとか、傷の経緯も何も言わずにただ患部を差し出して応急処置が終わると何も言わずに去っていくのに後から「感じが悪い、処置もまともじゃない」と悪評をながしたりとか……それでも何かあった時に健康面で頼るのはアリアスのところしかない。休みが無い。

 噂やらなんやらで徐々に態度が悪化の一途を辿る彼らにアリアスはいったい何がしたいんだと聞いてみたいが、もう怒るほどの気力もわいてこないほど疲れていた。もう何もしたくないと思うくらいには。

 そういったことがありつつ、患者の世話に忙殺されつつも、時折今目の前にいる少女……安倍川雪の様に素直に礼や労いの言葉を掛けてくれる人物もいて、荒んだ心が癒されていくような気がする。本当にありがたい。


「……皆、疲れているんだろうなあ。」

「はい?」

「ううん、なんでも。」


 多分皆ストレスの捌け口が欲しいだけなのだろう。と寄った眉間をほぐしながらアリアスは一人、自分を納得させる。

きっと、壊れないために生贄の様な存在が欲しいのだと、そう行動してしまうくらいに彼らは弱ってしまっているのだと。

皆が皆、目の前の少女の様に強いわけではないのだ。


「そういえば今日は彼女と一緒じゃないのね、ええと。」

「宇治片聖です。……実は、ちょっとその、喧嘩してしまって。」


 あはは……と悲しそうに笑う彼女の無理な笑顔に「どうしたの?」と聞こうとしたとき轟音とともに壁が決壊し、粉塵と瓦礫が飛んだ。

アリアスは咄嗟の判断で雪を背後に庇うとガシャ、という金属音が聞こえてその壁の向こうの音源の方を見た。


「……ここもハズレか。」


―――舌打ちとともに男が持っていた剣を鞘ごとアリアスたちへと振り下ろした。

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