相互不理解 其ノ弐
「それで、どうするつもり?」
きょろりと、何処か面白そうに輝く薄桃色の瞳が鈴鹿……浄玻璃鏡の金と銀の散る虹彩を見据えている。
瞳の主である女神ニーグメージュはその場に着地すると、指先をほんの少しばかり振ってその場にローテーブルとソファーを出して座る。
「見ていたんですか。」
言いながら鈴鹿が対面するように向かい側のソファーに腰掛けると、ニーグメージュはそのこの世全ての美を集めたといっても過言ではない蠱惑的な佇まいで笑いかける。
例え子供の様にお気に入りらしきクッションを両腕で抱きかかえていようと損なわれることなく、更に何処となく愛らしさすら覚えるそれは、きっと相手が女神見習いの鈴鹿でなければ虜になっていたことだろう。
「ええ、もちろん。なんせ巫女のふりをした資質保持者なんてそうお目にかかれるものじゃないもの……ああ、安心して、アースレイが見ていないことは確認済みだから。」
「何故そこで先輩が?」
「……そういえばそうよね。そうだわよね。そうだったわよね。」
はああっと盛大に溜息を吐いて「これは言っていいのか悪いのか……」とブツブツと何事かを呟く。
指通りのよさそうな艶のある金髪を背中へと払った所で俯いていた顔を上げたニーグメージュは少しむくれた様に頬を膨らませて鈴鹿へ語り始めた。
「まず貴方自分が今置かれている状況わかってる?……例えばそう、その頭につけてる冠とか、ね。」
ちらりと彼女が視線を向けた先にはアースレイが身に着けていてほしいと送った豪奢な冠が輝いている。動くたびにシャランと鳴るそれは、被るときに少し立ち眩みをして以降は全くと言っていいほど重さを感じない不思議な代物だった。
「これは謁見の前に先輩から頂いたものなのですが……何かあるのですか?」
「何かあるっていうか……それ、呪いのアイテムみたいなものなのよ。正確には貴女専用にチューニングされた自動防衛装置ってとこなんだけど……。」
「ていうか、貴方鏡の付喪神なんだからそういうのを見破る能力とかあるんじゃないの?妾の時みたいに。」という言葉に、痛いところを突かれた鈴鹿は眉を下げて気まずそうに言葉を零す。
「……それが、使えないんですよ。お師匠様に呼ばれてからほとんど。」
「……は?え、ちょっと待って、待ちなさい。貴方確か力の使い方を教えてもらいに行ったのよね?いくら神威や法典が分からなくても持ってる能力を使いこなすことくらい……。」
「ええ、ですから疑似裁判では使えていたんですけど……こっちに戻ったらほとんど見ることが出来なくなってしまって。」
暫し身を乗り出して聞いていたニーグメージュは数瞬の沈黙の後に本日何度目かの溜息を吐いて、呆れた様にその身を元のソファーに沈めた。ソファーにぐったりと身体を預けながら眉間に手を当てて何かを考え込んでいる様だ。
「過保護……いえ、これじゃ飼い殺し……ま、まあいいわ。浄玻璃鏡、多分それは中途半端に能力を引き出されて貴方の躰が過剰反応しているのよ。人間でいうところの断食ダイエットして太りやすくなるのと一緒。足りなくなった神気を補填しようとして能力に制限を掛けているのだと思う。」
言いながら何かを取り出そうとして……その手を下ろした。
明らかに何かを掬うように組まれていた両手が所在なさげに膝の上にあげられている。
「……本当ならこの場で治したいところなんだけど、あの子たちには時間が無いみたいだし、何より荒療治だからまた今度ね。」
「悔しいけど、それもあるから万が一っていうのもないと思うし。」とこれまたむっとした表情を冠に向ける友人ならぬ友神の姿にそんなにこの冠は危険な代物なのだろうか?と鈴鹿は首を傾げた。
シャランと音が鳴るが、冠は落ちるどころかズレすらしていない。
「代わりにコレをあげる。」
ニーグメージュが息を吹きかけると、その流れに合わせるように光の帯が出来ていく。
輝きが消えると現れたのはニーグメージュの瞳の色を薄くしたような、嫋やかな印象の薄絹だった。
それが腕を通って背中へと緩やかに纏わりつく。雲、というよりオーロラの様に揺蕩っているそれは、安直だが絵の中の天女の羽衣の様だった。
「綺麗。」
「そりゃあ、美と愛の女神からの贈り物ですもの。」
エッヘンと胸を張るニーグメージュにお礼を言おうとすると片手を待てとでも言うかのように突き出され制される。
「それはあらゆる物理攻撃を跳ね返す帯よ。最も、その冠があるのなら別になくてもいいでしょうけど……これからアイツがいると面倒なこともある……というか貴方に教育を施すにあたって絶対邪魔になるから持ってなさい。一応鍵でもあるから、それ。」
「……鍵?」
何処からどう見ても帯にしか見えないそれを、ただじっと鈴鹿は見ていた。
すると、いつの間に移動したのかすぐ隣からニーグメージュの声が聞こえて、彼女の美しい金髪が視界に映り込む。
「話を戻しましょうか。彼らを……ううん、あの子をどうするの?」
話を脱線させたのはお前だろうと鈴鹿は内心で毒を吐いたが、それでもこの目の前の女神が曲がりなりにも自分を心配しての事だったのは帯の件からしてもわかるので、敢えて喉元で留めた。
「……どう、しましょうか。」
「迷ってるのね。」
言い逃げされましたからね。と言いたいところではあるが、ニーグメージュの瞳が複雑な感情を映して揺れる様を見て、何よりもその悲し気な表情が、苦笑いすら許してくれない。
「……妾としては、貴方が何故そこまで彼らに、特に彼女に入れ込むのかが分からないのだけれど。」
「彼女は僕の、僕が僕になる前に関わりのあった近しい人物で、彼らはそんな彼女が気に掛ける存在だから、ですかね?」
「……ふうん。」
一瞬きょとんと、本当に驚いたと言わんばかりに鈴鹿を見たニーグメージュではあったが、子供の様に頬を膨らませて「そう、」とわざと素っ気なさげに答えた。
しかし、そんな反応もすぐになくなり、真顔になった彼女はぽつりと、本当に零す様に呟いた。
「妾は、妾なら、例えどんな奴だったとしても、お気に入りでも、人間をそこまで気に掛けようとは思わないけど。」
ざあっと構築時の設定にはないような強風が吹く。
其の強風は都合よく彼女の言葉を掻き消していった。
もちろん、鈴鹿には届いていない。
「まあいいわ。お手並み拝見といきましょう、ああでも、アースレイにはさっきの近しい人云々は言わないほうがいいわね。十中八九消そうとするから。」
彼女のさらりと出た発言にしっかりと頷きでもって鈴鹿は返した。
「ええ、先輩はかなり過保護ですから。」
きっとあれはダメ、これはダメと口出ししてくる……どころかきっと剣を出してくることだろう。
あれはいけないとダメダメと首を振った。
「いやそういう訳じゃないんだけど……まあいいわ、それじゃ、先行ってるわね。」
そう言って女神は消えた。
残された鈴鹿は今度こそ広いソファーにその身を横たえる。
行儀の悪いことだと知っていてもやめられないそれに疲弊した精神を溶かしながら、鈴鹿は溜息を吐く。
「お手並み拝見、ねえ。」
***
おいしそうだなあ。
それが、彼らに対する第一印象である。
酷くお腹が空いていて、ついでに喉も乾いている。
たべたいな、たべたいな。
足の先から徐々に咀嚼してじっくり味わいたい。
頭から丸呑みにして一片残らず食い尽くしたい。
お腹が空いた、お腹が空いた。
ああ、おいしそうだなあ。
そんなことを考えていると足元の影がクスクス笑った。
そうだよね、みんなも食べたいよね。
でも駄目なんだって、あれは×××××のものだから、食べたらお行儀が悪いって怒られちゃうんだって。だから、がまんがまん。
だから、ねえ僕を、僕らを見て、×××××。




