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相互不理解

 カリカリと紙にペンを滑らせる音のみが室内を満たしていく。

さらりと顔の横を滑り落ちる髪を、白く美しい指先が、これまた形のいい耳へと運んでいく。

その都度見えるその尊顔は、謁見の時の様な荘厳さ、神々しさは幾分か薄まっているように思うが、代わりに生物にあるまじき精密な美貌が鎮座している。

 アリアスの元居た世界には『血の凍る様な』だとか『月も隠れる』みたいな美の表現がゴロゴロしているが彼女に至ってはアリアスが表現するのなら『生きていることを忘れてしまう様な』美しさ、である。造り物の様に整っていながら人形というほど無機質な感じもない、もっと繊細な美を現わす言葉があるのならそれを使いたいところだが、生憎今も前もアリアスはそういった情緒の方面は疎いのでこれ以上の表現が出来ない。


「お待たせしました。今日の執務は一端ここで終了ですので……アリアス?。」

「え?あ、はい!!」


 見つめていた本人に呼びかけられてやっと自分が観察するどころか見とれていたことに気がついたアリアスはまるで邪念を追い出す様に必死に首を振って、改めて彼女の方を向いた。

 呆けていた自分を前にして別段気を悪くした様子を見せない彼女に寛容な神でよかったと内心で胸を撫で下ろす。理不尽が形を取ったと言ってもいい神々の扱いには細心の注意が必要なのだ。


「少し、歩きましょうか。」と言って彼女の開けたドアを潜ると、そこには暖かな春の風景の庭が広がっていた。ふわりと優しく頬を撫ぜた風が、花の香りを運んでくる。

 先程まで確かに回廊に繋がっていた筈の其処が何故この庭園に繋がっているのか気にならないわけではないがこの場の雰囲気に気圧されているのか、そんなことは頭の片隅に追いやられ、どうでも良くなる。

 空は相変わらず窓の外から見た時の様な暗闇が広がっているが、そこを絶え間なく流星群のようなものが駆けていく。そんな現実離れした光景をぼんやりと見ながら歩いていたアリアスに、再度隣を歩いていた庭園の主が声を掛けた。


「■さ■■りですね。■■■。」

「―――?」


 彼女の口が、表情が動いて、音を作り、発言する。

 ……発言している、のに。


「元■にし■■ました■?ぼくは……信じ■れな■かも■■ませんが、■■■■■■です。」

「あ、の……。」


 口が動いて、音が聞こえて、話していることは、解るのに。

 音が聞こえない。というより、話していることが理解できない。


「も、申し訳、ありません。その、もう一度仰っていただいても?」

「■■■。」


 一瞬目を見開いた彼女は、一拍おいた後にもう一度何事かを呟いた。

 やはり聞こえない。

 アリアスの反応を見た彼女はもう一度目を見開くと、一瞬動揺したように瞳を揺らして、それから僅かに悲し気な顔をした後に「そう。」と呟いた。

 どうすればいいのか分からないアリアスがもう一度謝罪の言葉を言うと、目の前の女神は緩く首を振って笑って見せる。ほんの少し寂しそうではあるが、それでもその笑顔は綺麗だった。


「いいえ。謝る必要はありません。そうであればそうあるべきだと、決められているのでしょうから。」


 言っている意味がよく分からない。

 それは時折自身の主であるトゥーレンにも言えることだが、なぜこうも神様はそろいもそろってよく分からない物言いをするのだろうか?もっとわかりやすくならないのか?と疑問に思うアリアスではあったが此処でそんなことを聞くのも態度に出すのも不躾だろうと冷静になるよう自分に言い聞かせる。そうして、ちらりと隣を歩く女神を見てから本題に入ろうと息を吸い込んだ。


「あの。」


 声を出して、それから自分がこの目の前の女神の名前を知らない事に、今更ながら気がついた。

思わず赤面して、パクパクと魚の様に口を開閉させる。

 そこからどうして読み取れたのかは分からないが、彼女は「ああ、」と何処か納得したように頷いて、微笑んだ。


「僕の名前、ですね?」

「も、申し訳ありませんっ。」


 思わず礼儀すら忘れてガバリと下げられるだけ深めに頭を下げたアリアスに「いいえ。」と短めに返答した彼女はそのままアリアスに頭を上げるように言うと困ったような笑顔で彼女は続けた。


「僕は……正式名称という訳ではありませんが、浄玻璃鏡。少なくとも、此処ではそう呼ばれています。」


「おふざけで浄玻璃お浄なんて仰る方もいますけれど」とクスクスと笑う仕草も品を感じさせる。

ただ、なんとなく既視感の様なモノを同時に感じて、思わず首を捻って考えようとしたアリアスではあったが、この異世界に来てから早二年が経とうとする中で自身の仕えるトゥーレン以外の女神もその眷属にもあったことは無かったので気のせいだろうとすぐに考えを中断させた。


「では、浄玻璃鏡様。まず、このような私なぞのためにお時間を割いていただいたことに感謝を。」


 言ってお辞儀をしてからもう一度彼女を見ると彼女はやはりどこか悲しそうに眉を下げた後に慈愛に満ちた表情でゆったりと首を振った。

 それを確認してからアリアスは更に言葉を続ける。


「実は、私は別の世界からこちらの世界へ転移してきた……彼らと同じような存在です。私は勇者の資質はありませんでしたが、今はご覧の通り知識の女神トゥーレンの巫女として生きています。ですが、元はただの女子高生でした。」


 一端言葉を切って、真摯にこちらの話に耳を傾けてくれている浄玻璃鏡を見て、ホッとする。

 何度、とは言っても十回にも満たないが、この自己紹介というより身の上話に寄った紹介は自分でもどうかと思うほど突飛であり、今までこの話を聞いた者は全員信じてくれたが、逆に何故そこまで信じてもらえるのかが不思議であった。逆に言えばそれくらい頻繁に勇者(恐らく候補だろうが)を召喚しているという事なのだろうが、そのあたりをトゥーレンから知らされていないアリアスは未だに何故信じてくれるのか疑念は拭い去れていなかった。


「もう二年も前です。召喚されたときに私は友人二人と昼食をとっていて、その時に恐らく二人も私と同じようにこの世界に呼ばれたのだと思います。けど、はぐれてしまって……それで、ですね。お願いというのはその二人の事なのです。恐らく貴方様は冥界の、それも高位の神だとお見受けしました。お願いですっ二人を、せめて二人が冥界にいるかどうかだけでもいいんです。どうか二人の行方を教えていただけないでしょうかっ。私にできる事なら何でも致します。ですので、どうか……。」


 ぎゅっと祈る様に握りしめた手を更に握り込んで、眼をぐっと閉じる。

 何故、先程まで絶対に脱出することを目的として行動しようとしていたアリアスがこの訴えに出たのか。それは単純に、彼女は知ってしまったのだ。この短い……とは言ってもずっと夜が広がり、時計もないこの場所に時間感覚なんてものは無いので、長いのかもわからないが、ともかくそんな場所で、更に目通りをした後も食事は一切出ない。なのにお腹も減らない。

 何より誰かが食事を強請っても、給仕の服を着ているものですら、「お出しすることが出来ません。」と言って、謝って、頭を下げてくる。


 常夜で、食べ物が無いわけでもないのに食べることが出来ない。

 つまり―――


(ここはきっと、黄泉の国。)


 きっと自分たちは既に死んでいるのだという事に、もし死んでいないのだとしても、彼らに、そしてもしかしたらアリアスですら居場所が無いのかもしれない事も。

 食べ物を与えられないという事は前者の線は薄いだろうが、その場合後者の可能性が高くなるだけだ。

 そして何より……ともう一度浄玻璃鏡を見た。

 今の彼女に害意も敵意も感じない。けれど恐らく、彼らは、そしてその付き添い扱いになっている自分達三人も含んで、彼女に捧げられた神饌の可能性がある。

 トゥーレン曰く、神饌だと逆に他の者は手を付けない。どんなに美味しそうでも手を出してくることは無いと言っていたのを思い出して、屋敷の者の様子を思い出すと尚更そう思えてくる。


(それなら、せめていう事を言って先手を打とう)


 背中を伝う冷や汗をそのままに、アリアスはもう一度頭を下げた。



「どうか、叶う事ならば、二人と会わせてくださいっ。」

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