再会せざる謁見
足を少し動かすとシュルリと柔らかな生地が床に擦れる。
幾重にも重ねられたそれは貴妃服の上に十二単を着たかのような豪奢ながらもよくわからない装いで、それに付随するように存在を主張している装飾品の数々も細やかな細工が美しく、動く度にシャランと涼やかな音色を奏でている。
豪華絢爛。その一言に尽きる。
敢えて服に注視してくるりと鏡の前で回って見せた鈴鹿は、こういうのを和洋折衷というのだろうかと首を傾げた。
俯いていた顔を上げて、鏡を見る。
そこに映る彼女を前に未だにそれが自分であることが信じきれない鈴鹿は微笑んで見せた。
もちろん、鏡の中の彼女も微笑む。
「……こんなんじゃなかったんですけどね。」
一瞬映り込んだ黒目黒髪の在りし日の自分の姿。
此方に向かって溌剌とした所作で笑った彼女は瞬く間に消えていった。
代わりに映り込んだのは現在の自分の姿……鏡の中に居た筈の彼女だ。
「……慣れませんね。」
言って少し眉根を寄せたとき、コンコンと控えめなノックが聞こえて我に返った。
軽く返事をして解錠すると、入室してきたのは何やら大きな箱を抱えた絹子であった。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。本来ならば私たちが支度をせねばならないところを……。」
綺麗にお辞儀をして謝罪の言葉を述べる彼女に緩く左右に首を振ることで答えると、安心したように微笑んで、卓の上に持っていた箱を置いた。
試しに解析してみようとしてみるも、黒い靄に覆われて《閲覧制限》と書かれた赤文字が現れて崩れていく。……どうやらまだ不安定な見習いの鈴鹿ではノゼヴィルの権能同様視ることができないらしい。
「それは?」
「はい。アースレイ様からお浄様に、是非とも身に着けてほしいと仰いまして。」
ふふふ。と、いつものまとめ役の彼女らしからぬ少女の様な笑いと共にすっと身体を横にずらした彼女を見て、開けろということなのだろうか?とそれとなく言いたいことを感じ取り、リボンに手を掛けた。
途端にリボンを解くどころか、包装も、箱すらも溶けるように消えてしまい、残ったのは……。
「まあ!」
「……冠?」
光り輝く冠の様なそれ。否、正しく冠なのだろうその髪飾りは下地は金、散りばめられた色のほとんどは宝石で、簪の様に外に伸びている6対の突起からは鎖と細工が連なり、先端にはこれまた宝石が填め込まれている。細工も恐ろしく繊細な物だ。
元が庶民の鈴鹿からするとちょっとした衝撃で壊れそうな、なんかもうその辺の博物館に展示しておいてほしい代物である。
では失礼致します。という絹子の言葉に内心何かの拍子に落とさないかと心配でガッチガチに緊張している鈴鹿は錆びついた手押しポンプの様に鈍く頷いて見せた。
ズンッと一瞬立っていられないくらいの重さ……ではなく倦怠感を感じてふらつく。慌てて支えてくれた絹子が居なかったらどうなっていたことだろう、と血の気の引いた頭で考えた鈴鹿ではあったが、現実になってしまいそうなので考えるのをやめた。
心配そうに此方を見遣る絹子に直ぐにいつも通りの表情で大丈夫だと伝えるために首を振ってみせる。
倦怠感は既になく、寧ろ身体が少し軽くなった位だが、特に何が変わったという感じはしない。
あの過保護なアースレイからの贈り物と言うからてっきりもっと何らかの細工が施されているとばかり思っていたのだが、取り越し苦労だったようだ。
「じ、浄玻璃鏡様。」
「はい?」
震える声で珍しく正式名称を言った絹子に、思わず目を見開く。
「あ、あのそのあのあの……凄く、輝いているというか、厳かな雰囲気になっているというか……凄くその……素敵です。」
熱に浮かされたような顔で此方を見る絹子。
実際此方を向いているものの明らかに目の焦点が合っていない。むしろ据わっている、質の悪い酔っ払いみたいに、輝いているのにハイライトの無い瞳が、そこにはあった。
しばし無言で見つめあう……と急に絹子がその場に倒れた。
慌てて近くに待機していた者たちに声を掛けて送り主のアースレイと同じ神のニーグメージュを呼んでもらい、同時に絹子をリペアセンターに送り届けてもらった。
「ぜ、全然取り越し苦労なんかじゃなかった。」
鈴鹿の愕然とした声音が虚しく室内に消えた。
***
「このお馬鹿アアあ!!」
叫びながら空中からドロップキックを繰り出したニーグメージュをひらりと躱したアースレイは、しかし逃がすことをよしとしなかった彼女に胸倉を掴まれ、ガックンガックンとこれでもかというほど揺さぶられていた。
つい今し方あった出来事をそのまま話しただけだったのだが、何がそんなに不味いことだったのか分からない鈴鹿は蚊帳の外である。
ニーグメージュは揺さぶりながらももう片方の手で鈴鹿……正確にはその頭頂部で輝く冠を指差しながら説教を続けている。
「あ、貴方、貴方ね。さっきもアレだけど、なに、何よあれえええっ冗談にしても笑えないわよ!?というか彼女は知って……」
クルリと首だけで鈴鹿を見た彼女は、鈴鹿が首を傾げる動作をすると「ないか、無いわね。」と独り言ちてアースレイへの抗議を再開させる。
対するアースレイはと言うといつも通りの涼し気な笑顔を浮かべて対応していた。
「ああ、その件に関しては追々承諾を得る腹積もりだ。安心しろ、責任は取る。」
「それあんたの台詞だけど違う!!そもそも順序が違あああうっ。あの子が世間知らずだからって調子に乗ってんじゃないわよ!」
「だが、あの特典持ちたちを相手にするならこれくらいしなければならないだろう?少なくとも神威くらいはオートで発動していなくては。」
「……それは、そうだけど……ってそれとこれとは話が……。」
「違わない。そもそも彼女は神威すら知らないと思うぞ。」
「は?じょ、浄玻璃鏡。貴方、確かジルネーからいろいろと説明してもらったって、能力の使い方を指南してもらったって、言ってたわよね?」
「はい。ええ、疑似裁判を繰り返しさせられまして……だからまあ、鎖と鏡の扱いは……何とか。」
最も鏡は持て余し気味だし、あのチュートリアルもどきから帰ってきて以降鑑定能力も調子が悪い。
殆どの情報開示画面が《閲覧制限》と表示されてしまい何も視えない。
ううむと頭を悩ませる鈴鹿の様子を見ていたニーグメージュは顔を引き攣らせる。
「さ、裁判?神威とか、神楽とか、法典とかは?まさか……。」
「そのまさか、だ。」
「お前の予想通りだと言っておこう」とさらりと言ってのけたアースレイにズシャアっと床に膝を付けて「いぃぃやああぁぁぁっ」っと悲痛な叫びを上げたニーグメージュ。
しかし、何を思ったのか、単純に立ち直りが早いのか、がばっと起き上がった彼女は鈴鹿の両手を握りしめて、力強い表情で言った。
「これからは妾が貴方に神の何たるかを教えるから!だから、その、少しだけ、今だけでもいいから我慢してほしいの。……いずれアイツには何らかの天罰をキッチリと与えるから。」
何故かギッとアースレイを睨みつけたニーグメージュは「何かあったら呼んで頂戴。すぐ駆けつけるから」と言って頷くと、握っていた手を離した。
そこでコホンと控えめな咳払いをしたアースレイに二人の視線が集まると「さて、」と話を切り出される。空気が変わった。
「それじゃあ、勇者たちと彼らの処遇を話し合おうか。」
***
まるで鏡の様に割れ砕けた壁はそのまま破片一つ残さず何処かへ消えていった。
同時に聞こえてきた雅楽の様な厳かな音色が勇者たちの居る部屋からすぐ隣の大広間の様な場所までの距離を更に遠くさせるような印象を感じさせる。
そんな大広間の更に奥の部屋から出てこない彼らを前にして鈴鹿は気付かれない程度に溜息を吐いた。
(なんで私がこんなことを)
勿論そういうルールだからである。
曰く、理由や経緯はどうあれ箱庭に流れ着いた者はまずその箱庭の主人に挨拶をして、その存在が滞在することを認めてもらわなくてはならない、らしい。
それをしなければペナルティとして徐々に存在が不安定になり消失してしまうのだと説明してくれたニーグメージュが、ちらりと未だに部屋の隅で縛られて眠らされているキラキラ王子と仲間その1を忌々し気に見た後「あれは何故か妾の拾いもの扱いになってしまったから……」と言ってしょげていたところを見るに神やその所有、付随するものならこれは適応されないようだ。
フラフラと覚束無い足取りでこちらの……玉座の方へと歩いてくる勇者たち、正しくはその付き添い人の中に見知った顔を発見して僅かに目を見開く。
が、どうやらその人物はこちらには気付くことなどなく、ただ意志の強い瞳で真っ直ぐにこちらを捉えていた。そのまま彼女はまるで卒業証書でも受け取るときの様に角度を変えるたびにお辞儀をしつつ、集団から数歩前へと躍り出る。
「……この度は、不慮の事故とは言え勝手に貴方様の庭園に入り込んでしまい申し訳ありません。」
できうる限りの謝罪を……と長々と口上を述べているその人物、アリアス基久我千春を前に再会できたと言うはやる気持ちをできうる限り抑えながら「そのようにかしこまらなくともよいのですよ。後ろに控えている方々も既に限界が近いようですし……。」と親し気な笑顔で微笑む。
代表として出てきている彼女は一瞬きょとんとしたものの、すぐに元の緊張した面持ちに戻って首を振った。
「……いいえ、お気持ちは大変うれしくはありますが……私達はまだただの《漂う者》ですので。」
その気を張った様子は、正に神に仕えるものとしては素晴らしいものだっただろう。
だが、元の彼女と仲の良かった鈴鹿からすると敬語を使われ、形だけでも最大限に敬われているのがもどかしかった。
そうしてそんな元友人の態度にそりゃあそうか、と鈴鹿は己がいかに変わってしまったのかを改めて思い知った。
(なんて、遠い。)
面会、謁見とでもいうのだろうか。顔合わせが終わった後に盗み見た彼女とその周囲の人間とのほんの少しの喜色の入った会話にどことなく疎外感めいた何かを感じながら、客室の手配と次の滞在に関する会談を取り纏めて、鈴鹿はその場を後にした。




