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それぞれの思惑 其ノ弐

「いったい何がどうなってるんだ。」


 ガチガチと歯の根を鳴らしながら呟かれた言葉を皮切りに「もう嫌だ」「家に帰して」という悲痛な言葉と啜り泣く声や聞き取れない罵声が沸き起こる。

 自らの傍らにいたイグレインの祭司長の息子だという少年はそんな彼らを落ち着かせるべく懸命に励ましたり、逐一此処の屋敷の人間らしき男女に何やら伺いをたてているようだったがなしのつぶてだった。

 もう一人居たはずの青年はふらりと出ていったかと思えば鎖でぐるぐる巻きにされて気絶した状態で帰ってきたきりまだ目が覚めていない。

 そうして自分はぐるりと周囲を見回しつつ怪我の手当てをして、拙いながらも慰めの言葉を掛けながら部屋中を練り歩いている。


 巫女、アリアス。元の名を久我千春。

 二人の友人……青山環と安孫子鈴鹿と一緒にブロックから落ちたら何故か異世界トリップとやらを経験していた私は、一応、なんとかこうして知識の女神だとかいうトゥーレンさんの下で巫女として働かせてもらっている。

……のだが、


(やっぱ無理言ってでも断るべきだったかな。これは)


 もう一度ちらりと部屋を見渡して気付かれない程度に溜息を吐いて、後悔した。

否、後悔しっぱなしである。


 今回の任務は特別なことなんて何もない、ただの地鎮祭モドキの儀式の見届け人だった。

そのはずなのに、現地に到着したらあれよあれよという間に地鎮祭などではなく召喚の儀式に立ち会わされていた。本当に訳が分からない。

 しかも儀式をしていた下っ端らしき人々は一様に詳しいことは後程来る御大になどという始末。

つまり誰もこの儀式が何のために、どうやって完成するかを知らずに実行させられていたのだ。

 これだけでもマズイのに、その陣の中央には様々な人種、様々な動物、人の手で捕まえられる程度の強さの魔獣、その他にもエルフなど多種多様な種族が檻に閉じ込められている。

皆綺麗な服に清潔そうな身形をしてはいたが、戸惑いの表情に暗い瞳、そして隠れてはいるものの所々から覗く傷跡から、この世界の事情をトゥーレンから聞いていた千春基アリアスは共通点に気付くことが出来た。


―――ここにいるのは、みんな奴隷……?


 特に注視して小指や、それにあたる部分に目を配るとやはり何らかの術式が描かれていた。

そしてその箇所には同じようにわざと焼き潰したような傷がついている。


(やっぱり)


 小指にあたる部分に何らかの術式を施すこと自体は別に珍しいことではない。

むしろ約束事は小指にと言われるくらいポピュラーだ。

だが、一つだけ例外がある。

それが隷属契約にあたる《焼縛印》である。

 詳細は流石に教えてもらえなかったが余程凄惨なのかこの話をしていたときのトゥーレンは酷く顔を顰めていたことを思い出して、そこで現実に意識を引き戻したアリアスはいよいよもっておかしいと一歩、知らずに後退った。


あそこに集められた者たちはそれこそ、生贄だ。


(あいつら、一体何を呼びだそうとして!?)


瞬間、突然の閃光に目が眩む。

目を開けると、アリアスは暗闇の中にいた。

最初こそまだ眠っているのだと思ったのだが違う。

何故なら自分の手や身体は発光しているかのようにはっきりと見えたからだ。


そこまでわかった時に不意にくいっと袖を引かれた。


「お、かあ、さ、ん?」


酷く拙い、けれど精一杯発音されたそれに、それを聞いた瞬間。

アリアスの背に怖気が走った。

ヒュっと過呼吸にでもなりそうな呼吸音が己の口から洩れる。


肯定したら楽になれる。と、何処かで何かが囁く。

否定しては危険だ。と、本能が警鐘を鳴らす。


果たして楽とは、いったい。


どこに、連れていかれてしまうのだろうか。


怖い、怖い、こわい。

どうしよう、どうすればいい。


(鈴鹿っ環っ)


 あの二人なら、自分よりも頭がよく、悪知恵もよく回ったあの二人なら、どうした。


―――ほんと、千春って嘘つくの苦手だよね。


ふう、と呆れた様に環が言う。いつの間にか景色は放課後の教室にすり替わっていて、自分の頬は腫れていた。

あ、これ。後輩から告白されて、振った時のやつだ。と、漠然と理解する。


ねえ、と話をふられた鈴鹿は困り顔で、でもはっきりとうん、と返した。


―――千春が嘘を嫌いなのはわかってるんだけどさ……もっとこう、オブラートに包むっていうか、もっと表面は取り繕った方がいいと思う。


 確か自分はこの時、嘘つくなんて相手に失礼だろとむくれたんだった。

それから、それから……。


―――いい?千春。上手な嘘はね、ただの嘘じゃないの。


上手な嘘は……と遠退いていく友の声をそのままに、意を決して振り返らないまま、アリアスは告げた。


「私は、おかあさんじゃないよ。」


 ぴたり、と袖を引く何かが止まる。

と、次の動作があるよりも先に次いでアリアスが口を開いた。


「私もね、お母さんを探してるの。」


 一瞬ぐっと握られて、それからの一言を聞いたらしき後方のソレは力を緩めた。


「あ、な、た、も?」

「そう、私も、だからこうして歩いてるんだ。」


 間髪入れずに答えて、何処へともなく無理矢理笑顔を作った。

途端に興味を失くしたのか、ソレは「ふうん、そっか。」と言ったきりすっと袖を放して、それっきり出てきたりはしなかった。

 ホッとしたのも束の間、アリアスはあてもなく走り出した。走り続けた。

この訳の分からない空間から何とか脱出して、二人を探さなくてはと、拳を握って。

ただ、懸命に、ひたすら走り続けた。


 そうして、やっとの思いで辿り着いたのがこの現在いる部屋である。

とは言ってもアリアスが目を覚ましたのはかなり後で、いつの間にかこの部屋で同じように待機している全く知らない37人の後見人のような立場を押し付けられていた。更に、こんなカウンセリングの真似事までしている。

 ふんだり蹴ったりもいいところだ。


―――それにしても不気味なところ。


 ちらりと窓の外を確認すると、そこには一寸先すらも見えぬ闇が広がっていた。

怪我人の数も多く、怪我の多くは死に近くなると湧き出るとされる黄泉の瘴気が漂い満足な治療も出来ない。

食事も出てこず、時計もないため時間も分からない。

 そんな中で精神的余裕のある者などそういるものではなく、そろそろ限界が差し迫っていることが容易に分かった。


 そんなとき、コンコンコン、と規則正しく扉が叩かれる。

失礼します。と断りとともに入ってきたのは何度か見かけたこの屋敷のメイドらしき、大正時代あたりの女給の様な恰好をした女性だった。


「お待たせいたしました。我が主が貴方様方にお会いしたいと仰っています。如何、なさいますか?」


 その一言に、如何と聞くのは何故かと疑問に思いつつも祭司長の息子である少年と目配せし、頷きあう。


「是非とも、お会いしたいです。」


 この屋敷の主人がどんな人物だろうと、必ず生き残って、外に出てみせる。ともう一度硬く拳を握って、アリアスは気を引き締めた。


(待っていて、環、鈴鹿。遅くなるかもだけど、絶対見つけ出すからっ)


 決意を新たにしたところで、ガシャンと、まるで鏡かガラスが割れ砕けるように。

先程までドアのあった壁が決壊した。

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