それぞれの思惑
『という訳で、その計40人はどうするといいのかなあ』
愉快そうに話す鴉によく似た黒い鳥に振り向くことなく、薔薇によく似た花の剪定をしていたノゼヴィルは独り言のように呟いた。
「ふーん。トゥーレンの所の巫女もいるのか……そのほかの面子も豪勢だね。」
ま、どうでもいいけど。と言いながらバツンと手元の花を切り落とした。
落ちた花はその瞬間から地面……とは言っても一面が真白な綿菓子を彷彿とさせるもので出来ていることもありどちらかと言えば地面というよりは雲のようなそれに転がるとそのまま急速に液体になって溶けてしまった。
そのまま更に次の花を手折り、今度はその花を握り潰す。
握り潰した花は発火し、瞬く間に灰になって中空へと消えていった。
シャキンシャキンと幾度か鋏を開閉させた後、次の花へと手を滑らせながら今度こそ彼は鳥に返事を返す。
「うん、此処は鈴鹿ちゃんとあの子を信用して彼らに任せるとするよ。必要だと思うのなら手を差し伸べてもいいし、不要だと思うのなら沈めてしまってもいい。」
手の中の花は既にドロドロと溶けている。
溶けたそれは瞬く間に中空に消え、一滴たりとて下に落ちることはなかった。
『おや、君らしくもない。てっきり私は「かわいそうに、何とかできないものか……ううむ」なあんて言うんだと思っていたけど?』
君、人間大好きだろ?とからかうように確認して鳥はくりっと首を傾げさせた。
そんな鳥にやはり一瞥も暮れることなく、はははと笑ってノゼヴィルが続ける。
「うん、私は人間が好きだよ。お前とはまた違うけど、それでも私は彼らを愛している。けどね……時には試練も必要だと私は思うんだ。」
それに、と言って言葉を切ってからクルリと鳥の方を向いて絵画の様な美しい微笑を浮かべた主神は、穏やかな声で言う。
「私は勇者が嫌いだし、彼らに頼ろうとする人間も……正直いらないと思っている。」
『ええーそれじゃ試練以前に私情じゃないか。これは裁判案件だよー。』
少なくとも私は見逃せなーい。と空々しく鳥は嗤った。
そんな鳥に困ったような笑顔になったノゼヴィルは「そもそもお前は裁判はすれど公平でも公正でもないだろ。」と溜息を吐く。
暫しの沈黙が流れ、鳥が今更鳥らしくガアと鳴く。
「こらこら、都合が悪くなったからって鳥の振りしない。」
「ガア、ガア。」
「……。」
「ガア……。」
「……一応これでも君には感謝してるんだよ?君がそうじゃなかったからこそ、彼女という新たな神を迎えることが出来たのだから。」
『……そうだね。確かに君は嬉しいだろう。なんせあの子の願いを叶えられたんだから。』
お陰であの子は今彼女に夢中さ。と、先程までの愉快さは何処へやったのか、感情の見えない声がどことなく責めるような雰囲気を醸し出しながらノゼヴィルへ向けられる。
その雰囲気に首を竦めて苦笑したノゼヴィルは「でも君だって嬉しいだろう?」と返した。
黙っている鳥に「まあいいや、取り敢えず私からの返事としてはこの案件には一切関与していないし、好きに扱って構わない、と言っておいてくれ。」と言って手を振って鳥を彼方へと飛ばしてやる。
飛ばされる最中、天界での器の代わりを果たしていた鳥から自身の意識を冥界の本体へと戻すと、ジルネーがポツリと零した。
「……ほんと、君の理想とやらには困ったものだよ。」
巻き込まれる側の事なんて考えたことすらないのだろうな。と、胸の内を過ったとある人物の事を思い出して、冥界に一人残った神はゆるりと首を振った。
「ああ、でもそれは私にも言えるのかな?」
***
突如として騒ぎ出したジルネーの使いである名前のない黒い鳥にニーグメージュは思わずと言った風にびくついたが、アースレイはいつもと変わらぬ態度でその鳥に頷きや少ない言葉でもって対応している。
そのまま黒い鳥を止まり木に移してやったアースレイに、恐る恐るニーグメージュが口を開いた。
「ね、ねえ。あの子たちはどうなるのかしら?」
思い浮かぶのは今は別室で待機させられている勇者らしき人々とその付き添いを名乗る3人の人間。
特に勇者と言えばニーグメージュにとっては惹かれるものがある……筈なのだが、今回気になったのはそんな勇者たちではなく付き添いの方だった。
なんせ男装したどこぞの神の巫女と、太古の血筋の者と、混血の者である。
前者一名は何で?と首を傾げる所だが、残り二名は真面目に神との接点が無いので本当に何で?と思わず眉間に皺を寄せて考え込みそうな組み合わせだった。
更に付け足すなら我こそは勇者!……とは言っていないが、全員勇者らしい恐らく召喚されたと思う人々にはこれと言って惹かれるものはなく、勇者や英雄、美しいものや強いものに執着するニーグメージュとしては本当にこいつら勇者?と疑いたくなるほど感じるものは無かった。
いくら二次元大好き!三次元?ああそんなのもあったよねみたいな状態でもこれは酷いと言わざる得ない。そんな彼らを取り敢えずと言った風ではあるが気に掛けるニーグメージュはアースレイの返答を待った。
「……手を貸した覚えはないから生かすも殺すも好きにしろという事だった。」
「ふうん。」
「……。」
「……。」
(か、会話が続かない。)
元々ニーグメージュだってこんな美と愛の女神なんてきらっきらした女神ではあるが、性格はそんなきらきらしていない。いや、引っ張られることはあるが既にオタクと、それから引きこもりに片足突っ込んでいたのだ、いろいろ無理がある。
本当はお外出たくないし、3次元とだって極力触れ合いたくない。
おうち帰りたい。
それが本音である。
そんな中で更に大分話合わなそうな怖い男と一緒とか、もう何をすればいいのか分からない。
気にしなければいいのだろうが沈黙を続けることすら辛くて、でも勇気をもって話しかけるのも辛い。
どうすればいいんだろう……と内心で頭を抱えるニーグメージュを余所にスラリと腰に佩いていた剣を抜いたアースレイは何処ぞへと歩き出した。
「……剣なんか抜いてどうするつもり。」
「好きにしていいと言われたから、取り敢えず消してくる。」
「!?」
さらりと告げられた言葉に一瞬反応が遅れたものの、ニーグメージュはブンブンと首を左右に振って、アースレイの前に立ちはだかる。
意味が分からないと言わんばかりに怪訝そうな表情で、渋々とその歩みを止めたアースレイに興奮気味ながらニーグメージュは説得を試みた。
「なんだ。」
「なんだも何も無いわよ!なんでそんな取り敢えず犯人分からないから皆殺しにしようぜ見たいなノリですぐ消そうとするの!?それじゃ三文小説も始まらないわよ!!」
「?邪魔になりそうだから消す。ただそれだけだろう。」
「そもそもそれを決めるのってあくまでもここの主のあの子でしょう!?」
「だがそこにいるだけで悪影響になりかねない。それに彼女は優しいからきっと消したりなんかできないだろうし、消せても気に病むだろう……それなら目を離したら何処かに行ってしまったくらいで内密に済ませたほうが手っ取り早いしいいと思ってな。」
「いや思い込み過多過ぎない!?彼女が気に病むのも優しいのも何百歩譲ってそうかもしれないけど悪影響かどうかは完璧あんたの憶測と偏見じゃない!!」
「ただそこに不確定要素がある。何処からどう見ても面倒事だ。……ほら、いらないだろう?」
「だから~っ……そういえば、此処って彼女の造形物の中よね?」
「そうだが。」
その肯定の言葉にふっと勝ち誇ったようにニーグメージュは笑った。
「それじゃこれからあんたがやることも、その結果も彼女にはバレることになるけど、いいのね?」
「……なんだと?」
「だってそうじゃない。箱庭は彼女のものなんだからそれこそ感覚的であれ何であれわかるわよ。」
一瞬彼の目が揺らいだのを見逃さなかったニーグメージュが煽る様に畳みかけた。
「いいのかなーこんな勝手なことして……彼女はきっと怒るだろうし、もしかしたら裏切られたショックから立ち直れなくて尚更自分を責めたりとか……。」
するかもしれないわねえ。というのと同時に刃が鞘に納められた。
どうやら納得はしていないが、説得には応じてくれたらしい。
面倒事を何とか回避した美と愛の女神は内心でガッツポーズをした。
(妾やったわ!!褒めて!浄玻璃鏡!!)
が、彼女はまだ知らない。
こんなやり取りが、鈴鹿の居ない間しょっちゅう繰り返されることになることに……。
完全に忘れ去られている人が若干名いますね……。
ちなみにアースレイは神様ではありますが、箱庭は持っていません。




