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チュートリアルには遅過ぎませんか?

「呼ばれてないけどこんにちは!みんな大好きジルネーだよ!」


 そんなふざけた挨拶とともに目の前でこれまた手を振って見せるジルネーを前に、ボーッとする意識を無理矢理繋ぎ合わせて鈴鹿は状況の把握に努めた。

 目の前には言わずもがな、自らの師匠にあたる冥界神ジルネーが心底嬉しそうな様子で鈴鹿を見ている。お得意の踊りでも披露しそうなくらいの喜びようが逆に怖いくらいだ。

 目線を下に遣ると、自身の膝が見えた。どうやら鈴鹿は今椅子か何かに座っているらしく、更に言うなら拘束用の術式でも掛けられているのか身体がほとんど動かない。

 一体どんな目的があってこんなことをするのか、そもそも記憶が正しければついさっきまで鈴鹿は自分の箱庭に(恐らくだが)いた筈なのだが、どうして冥界に逆戻りしているのだろうと動かない首を傾げたくなった。

 

「いやあなんだか決闘だとか箱庭の整備だとか私が思っているよりも早く事が進み過ぎてぎょっとするどころか思わず忌々しくなるほどなんだけれど、まあそこは……うん、やっぱりムカつくよね。」


 へらりと、いつもの飄々とした態度を崩さずに、しかし、確かに棘のある言い方で言い放つ。

 そのまま目の前の神は動けない鈴鹿の代わりの様にこてりと首を傾げさせた。


「それで?」


 ぺたり、と何かが頬に触れて、かなり近くにジルネーの顔があった。

 顔が僅かに上向かされたことから、きっと今頬に触れているのはジルネーの手なのであろう。


「箱庭は完成した?」


 それとも誓約が先かな?などと訳の分からないことを言いながら物憂げな笑顔で鈴鹿を見ている。

 その瞳には確かに怒りの色が見えたが、同時に爛々と輝いて、何故かはわからないが、ふと風を彷彿とさせた。それもただの風ではなく、鈴鹿がまだプリシラだった頃に感じた、季節の変わり目などに吹く、良いものだけでなく悪いものも一緒くたに運んでくるような風。それとともに朧げな神楽と祭囃子が頭を過る。


(……どうして思い出さなかったんだろう。)


 遊神ジエルネア。プリシラの時に国境付近の小さな村であった故郷の寒村で厚く信仰されていた……実りと疫病を運ぶ風と芸事の神。確か季節の変わり目には欠かすことなくかの神への祭りが開かれていた筈だ。それだけ、人間たちにとっては重要な神だった。もちろん、プリシラだった鈴鹿にとっても……。それが、恐らくこの目の前にいる神の、地上での信仰される姿。

 そこまで思い出したところで、不意に頬の手が離され、いつもの柔和な笑顔に戻ったジルネーが「なーんてね。」と茶化す様に言った。


「別に怒ってなんかないよ。ただ君とアースレイが心配だとは常々思ってはいるけれど……。うん、どこぞの引きこもり女神に先を越されたこととか、君に変な悪い虫が寄ってきたりとか、なんだかめんどくさそうなやつに引っ付かれてることととか、まあ言いたいことはいろいろあるけど、怒ってはいないよ。怒っては。」


 そう言って、鈴鹿の目の前から彼(彼女)が退くと、やっと今鈴鹿が座らされているのが、いつも亡者に判決を下すときにジルネーが座っている椅子だと気がついた。

ただし、鈴鹿から見た目の前……とは言ってもかなり離れた、見下ろすくらいの高低差のある場所には亡者ではなく簡素な人形があるだけだった。


「だけど、やっぱり焦ってはいるかな。いくらアースレイが付いているとは言ってもね。」


 また、彼(彼女)は笑った。今度は何処か寂しそうに、ただそれも一瞬のことで、彼が腕を一振りするとにわかにその場が明るくなる。裁判が、開廷された。


「だから、多少。ううん。かなりの詰込みになっちゃうけど、君を失わないために、君を酷使させてもらう。」


ごめんね。と笑う彼(彼女)は少し困った様に眉を下げた。



***



「では、これにて閉廷します。……連れて行きなさい。」


 「離せええっ」と叫んで暴れる亡者を黒い影が引っ立てていく。

 抵抗すればするほど肉を削ぎ取られ、しかしすぐにじわじわと再生していくそれを見送ると、鈴鹿は何度目かもわからない溜息を吐いた。

 一体外界ではどれくらいの年月が経過しているのだろう。この玉座の様な椅子から離れられない鈴鹿は唯一できる亡者への裁決を繰り返しており、時間の感覚が麻痺しているように思えてならなかった。これは一瞬……とは裁判の量からして思えはしないが、もう何年、何十年とこの椅子に縛り付けられているような気がしてならないのだ。


(私、どうしてここにいるのかしら。)


 もう、当初の理由すら思い出せない。

 狭いが狭くはない何処かで、誰かが待っていた気がする。


思い出せ、思い出せ、思い出せ。


(……。)


思い出せない。繰り返しの作業の中で心も疲弊しきっているのか、考えることすら億劫になってきたような気すらする。


……そうこうしていると、また次の亡者が目の前に連れてこられた。


「それではこれより開廷します。被告人は名乗りなさい。」


 名乗らない。

 むすっとしながらそっぽを向く亡者を前にして、特に気にする素振りもなく、容赦なくその亡者の情報を剥ぎ取った。

 亡者は絶叫し、のた打ち回ろうとするたびに更に周りの影に邪魔される。

 

 どうやら現世では気付かれることすらなく出来ていた情報読み取りも、冥界……裁判に関しては魂と精神が剥き身の状態であるが故に抵抗しようとし、激痛が走るらしかった。

 もちろん、それは抵抗しようと思って抵抗した場合であって、素直に従えばその限りではないのだが……やはりというか、抵抗する者は多い。

 

 亡者からは苦悶の声を上げ続けているが、鈴鹿は知ったことではないと言わんばかりに整列した文章を読み上げる。


「汝、×××××は聖王国南部イニブロで生を受け、王立エベロフトラ学園にて12年の在学期間を経るが、卒業後間もなく家に押し入った強盗に刺され、失血によりショック死した。享年は18。」


 端的な概要を告げる。この頃には痛みも治まったのか被告人である亡者も忌々し気に鈴鹿の方を見遣るばかりである。


 パキパキと音がして、鈴鹿の目の前の文字の羅列が崩れ、変化する。

次に現われるのはその人生の中でどのような罪を犯したのか。

 それは不慮の事故だった場合なども事細かに書き記されているのだが、この亡者は明らかに悪意や欲のためにしていることの方が多い。

 さらにそれと比較するように善行もその隣に表示されるものの、どれだけ合わせてみても減刑することが出来ないくらいのそれであった。

……もっとも、罪は、食事をした回数。虫を含む生命を殺した回数なども加算されているため、どれだけ善行を積もうが主神ノゼヴィルの前に召されるような亡者を鈴鹿は一度も見たことが無かった。


(……まるで、生きていることそのものが罪みたい。)


 そんなふうに思えてしまうくらいには酷い。

 何かを殺して食べるというのは、仕方のないことではないのだろうか。

 確かに手当たり次第に貪るのはどうかとは思うが、基本的に人間も他の動物たちも何かを消費してしか生きられないのに酷すぎないか、と……それはきっと、鈴鹿が元は人間だったからなのかもしれない。


 そう思いながら口を開こうとしたとき、キラリと光る何か……葬儀の時に胸元に備えるナイフを手に鈴鹿の方へと走ってくる。

 周りの影たちは斬りつけられたのか、傷口とみられる個所からは煙が上がっていた。

 亡者が何かを喚き散らしながら鈴鹿へと飛び掛かろうとした瞬間。


 カチーン、という心地よい金属音が響いて、世界が停止した。


 続いて、空間が真っ黒に塗りつぶされ、所狭しと姿見の様な鏡が並ぶ空間へと変貌する。

ジルネー曰く、これが先程の情報読み取りなどと同じような鈴鹿の神としての力らしいのだが……。


 鈴鹿は何故か目を瞑ると、一枚の鏡を目の前に移動させる。

 その、精査した結果導きだした結果……鈴鹿の方に走ってきた亡者をそのまま地獄に引きずり込む未来を選択し、その鏡の中へと入っていった。


 また、カチーンという音色が響いて、元の世界が戻ってくる。


 ガシャンという音とともに瞬く間に亡者の身体には焼けた鎖が巻かれ、その場に空いた穴……地獄へと引きずり込まれていった。


「……被告人には、抵抗した場合の刑罰加算の件は言っていましたか?」


 念のための確認に、物言わぬ影絵の護送人たちは頷きでもって返した。

 その様子を見て一つ頷くと、また溜息を吐いて鈴鹿は判決を下した。


「では、被告の行き先は地獄となります。アースレイに書簡を。」


 言って、詳しい内容を綴った資料を作り出すと、傍に控えていたこれまた影絵の様な何かが頭?にあたる部分を下げてから受け取った。

 それを見届けて、もう一回息を吸い込んだ鈴鹿は何度目になるかも分からない言葉を宣言した。


「それでは、これにて閉廷します。」


 鈴鹿の神としての能力は基本的に読み取ること、だが、同時に選ぶこと、でありさっきの鏡の事もそうだが、どうやら未来の取捨選択……というか、都合のいい未来を持ってくることが出来るらしい。……とは言ってもそれに付随する誓約はいろいろあるようだが。

 それよりも何よりも、そんな便利な能力をもってしても鈴鹿が気にくわない事実が一つ……。


(どのような事態に陥っても相手に直接攻撃する権限が無いって……。)


 先程の様な比ではないくらいの事態に陥った際はどうするべきだというのだろうか。

 もしかしたらそのこともあって兄弟子を付けられたのかもしれないが、それでは現状のおんぶにだっこ状態が今後も続くこととなる。避けたい事態が避けられなくなった。


(罠を張ったり、直接的攻撃力のない鎖とかなら、なんとかなるみたいだけれど……私の頭じゃ、ね)


「……―――。」


 ううむ、と頭を悩ませていると、頭上から、師匠であるジルネーの声ではない、懐かしい声が聞こえてきた。


「ちぇ、あーあ、いつの間にこの子に手を出したんだい?全くもって油断も隙も無い……まあいいや。それじゃお呼びがかかったみたいだし……行っておいで。」


 そう言って、嵐の様に怒涛のスパルタ授業()をしていた師匠はにこにこと笑いながら、手を振って鈴鹿を見送った。





「……きっと、すぐに実践で使うことになるだろうしね。」


 あーあ、楽しみー。と空々しく言った神の顔には、欠片も笑顔なんてものは存在していなかった。

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