来訪者()其の弐
「楽しいのか?」
自分の隣を歩くどっちつかずの容姿をした幼子に、アースレイは純粋な疑問を投げかけた。
視線の先には下手糞な鼻歌を歌っている彼(彼女)と、そしてそんな彼女が元気よく動くとともに大きめに振られる自らの腕がある。
アースレイはこの体勢……所謂握手、手を繋ぐという行為を相手から求められたことはなく、してみたいと思ったことはあったかもしれないが、それは遠い昔の様な気がして、何故この体勢を求められたのか本当によくわからなかった。
そもそもアースレイと言う神は余程敬慮な信徒でもない限り「関わり合いになりたくない神ワースト3」に入る様な神であり、まずそれ以外の者から好かれることは無い。
この自分の隣を歩く幼子だって、得体の知れない何かではあるモノの、この世界の摂理に則って存在しているのだ。今は何故かおとうさんなどと言って慕ってはいるが、もしかしたら処世術の類なのかもしれない、などと一人で勝手に納得しながら、先程の質問にきょとんと眼を見開いている幼子に目を遣る。
幼子は、まるでいつかの彼女のようにほわりと笑って、言った。
「楽しい?うーん。よくわかんないけど、ちょっと違うかなあ……たぶん、嬉しいんだとは、思うんだけど……。」
「嬉しいのに、楽しいのとは違うのか?」
「うん、多分ね。気持ちがほわほわしてて、嬉しいのはわかるんだけど、後はよくわかんない!」
そう言って、キャラキャラと笑う。
その答えに満足したのか、アースレイはそれ以上その質問を続けることは無いようで、「そうか。」とだけ短く呟くと小さく笑って……幼子に纏わりつこうとする黒い何かを自然な動作で払った。
「おとうさん?」
「いや、何でもない。」
(やはり同じ冥界神の箱庭と言えど許可なくは流石に無理か……。)
包帯を巻いていない右目の下あたりをなぞると、ズルっと皮膚の一部がこそげ落ちた。
そこから覗く土気色と言うよりは茶色の何かを傍らの幼子には見せない様に手を当てる。
なぞる様に手を動かすと、そこには先程と変わらない人間の皮膚があった。
(後で包帯を巻き足さなくてはな)
そんな彼らの頭上を何かが目にも留まらぬ速さで通り過ぎていった。
***
ガシャアアアンという派手な音とともにこれまた執務室の窓を盛大に割って侵入し、壁に激突した友()に内心で口元を引き攣らせながら鈴鹿はテーブルの上に置いていた端末を折り畳んで安全圏に避難させる。
けほけほと咽ているらしい煙に巻かれた友へその足を進めようとしたとき、バタバタと忙しない多数の足音が聞こえてきて、少々乱暴に扉が開かれた。
「浄玻璃鏡様!!ご無事ですか!?」
「なんかさっきすごい音がしたんですけどおお!?」
恐らく心配してきてくれたらしい部屋に入りきらないくらいの付喪神と、フィリー。
彼ら、正確には付喪神のみんなが真っ先にしたのは煙からやっと出てきたニーグメージュと、そのおまけらしき気絶した男女を捕縛してそれぞれの武装を突き付ける事だった。
「あーやっとついったああ!流石妾!やっぱり足を動かしてなんて疲れるし面倒だから上空を飛んだ方が……て、あ、あの、どういう、状況、なのかしら、ね。コレ。」
「窓ぶち破ってダイナミックお邪魔しますしてきたら誰だって警戒すると思いますよ。」
「あ!会いたかったわ!親愛なる貴女!」
「いや人の話を……なんだか前もあった気がします。コレ。」
主に初めて行った人間の町で、などと思い出して余りのデジャブの重なりすぎに鈴鹿は遠い目をする。
(というか、何?神様の間ではガラスを突き破るのが流行ってるの?)
前の町でのアースレイの一件を思い出してここはアメリカンなアクション映画の撮影場所だった??などと偏見の様なモノが鈴鹿の中に出来上がる。
そんなのが常日頃ありますなんてことだったらちょっと鈴鹿はこの先やっていけないんじゃないかという不安が出てきた。ちょっとあの……大分ついていけない。
「というかニーグメー……メグ。その二人は……。」
誰ですか、というところで固まる。なんせその男女には見覚えがあったのだから。
それも、ものすごく。
それもその筈、なんせ件のキラキラ王子一行の王子()とリーダー格の少女()であるからに……。
(いやなんでこいつらいるの?)
元はといえばこの人達プラスアルファがニーグメージュにちょっかい掛けたのが原因である。
なんなんだこの状況。鈴鹿は頭を抱えたくなった。
そんな彼女の反応を余所に「メグ?それって私の事?ニーグメージュ……メグ……あだ名!?私今あだ名で呼ばれたの!?」と狂喜乱舞している女神様()ではあったが、ちゃんと友の話も聞いていたのかちらりとぐったりしたキラキラ王子と少女を見て、首を傾げる。
「あら?なんでここにいるの?」
(無自覚だったの!?)
その言葉に鈴鹿以外のその場にいた人物も愕然とする。
が、その時「着いたぞ」という落ち着いた声が聞こえて、爆破されたかの如く見事に穴の開いた窓側の外壁から何か……ではなく黒い誰かが這い上がってきて、その場に降り立った。
「すまない。遅くなってしまったな。」
そういって申し訳なさそうにしている兄弟子に、正確には数少ない常識人枠(と言ってもそれも既に外れ掛かってきているが)の登場にやっと収集がつくと安心した鈴鹿であったが、何やらもぞもぞと動く彼……ではなく彼の背後から、何かが飛び出して、走ってきた。
「おかあさーん!!」
「会いたかった!」と言って抱き着いてきたその幼子を反射的になのかしっかりと抱き留めた鈴鹿は……。
(おかあさん?ゆうかい?あれ?わたしは子供を産んでた??ママ?)
まともだと思っていた友と兄弟子が誘拐犯になったかもしれない事実と、その兄弟子が連れてきた方が自分を母親だと公言している事実に処理が追い付かなくなったらしい。
ぱたりとその場に倒れた。




