廃品回収 其の参
「絹子、病院利用者からの投書は?」
「はい。投書は3件。内容は……お読みになられますか?それとも読み上げますか?」
「申し訳無いのですが読んで頂けると助かります。」
「いえ!むしろなんなりとお申し付け下さい!!コホンっ
……リペアセンターの利用は初めてでしたが、自分が今からどんな修理を受けるのか丁寧に説明してもらい安心できました。
初めてなので緊張したのもあるとは思うが部屋数が多すぎて迷いそうになった。
受付から診察、修理と丁寧に対応してくれて有難いけどもう少しだけ手早くしてほしいです。待ち時間が長い気がしてちょっと……。 以上です。」
「なるほど……それでは案内看板……は設置する場所が限られますので患者一人一人にタブレット……電子端末を配布しましょう。その場しのぎですが、その都度更新していけばいいですし……こっちは開発の部門を別に作るとして……待ち時間の長さ……ですか。」
思い出すのは真新しい病院そのものといった風の白を基調とした院内、その待合室の様子だった。確かにあそこには暇をつぶせる様な娯楽品なんて一切なく、あるのは椅子と受付カウンターくらいだ。
ううむ、と大して表情を動かさずに鈴鹿は悩む。
(付喪神たちにとっての娯楽って何?)
今は付喪神である鈴鹿も元は人間だったので娯楽と言えば人間だった頃に寄った考えになってしまう。
例えばゲーム、例えば買い食い、例えば読書……。
しかしコレはあくまでも人間だからこそ楽しいと思えるのであって、姿形が同じ様な絹子や不知火、そしてその他の物も元は人では無く器物に宿った者たちだ。
楽しいだろうと勧めてみても押しつけになってしまうことだってありえる。
なんせきみが悪いくらいにこちらが何をしても全肯定みたいな姿勢を崩さないのだ。
ここに来てから体感にして既に一ヶ月そこらは人間みたいなルーチンを続けているが、それでも引き籠もろうが脱走しようが心配はすれどやはり好意的なのは変わらない。
……きっと、鈴鹿が提案したのであれば内心はどうあれそれを受け入れるのだろう。
(此処だって、そう。)
チラリと古代中国風に誂えられた執務室、その窓から下に見える街並みに視線を滑らせた。
そこには江戸時代あたりの城下町と昔ながらの朱色を基調とした中華街とが混ざった様な街並みが広がり、川には屋形船やらが行き交い、縁日の様な夜市の様な出店も数多く立ち並んでいた。空は冥界のように真っ暗い闇一色だと言うのに明るく輝いている。
全部コレがしたい、アレがしたいと言ったのは鈴鹿で、皆二つ返事で了承してくれた。
建物やらは何故か鈴鹿が望めはそういつの間にか作られている。
コレはどうやら鈴鹿の箱庭だからこそできる所行らしいのだが、その仕組みはまだよく理解できないし、例えそこで苦労していなかったとしてもいきなり「人間らしい生活をして」なんて小娘である自分から言われて強制されているのだから文句というか、鬱憤がたまっているはず、なのに……。
(どうして、どこまで許してくれるの。)
知らず、すっと背中から臓腑が冷える。
プリシラの時は学がなく、搾取される側だった。
鈴鹿の時は環境は整っていたが、それでも関心を持つことを避けた。
そんな、人生を送ってきたネームレスの浄玻璃鏡は家族では無い人々からの好意の受け取り方が下手くそで、そうでなくとも2回も人間を経験しているのだ。
社会の仕組みなぞそれなりに知っていて、考えることもできた。
故に、家族以外から受ける無償の愛というものが理解できない。
何せ、それが人間の間では無いであろうことを赤子の時からの経験で知ってしまっている。
理解できないことは気持ち悪い。怖い。
そうして、彼ら彼女らの愛を疑い続けている自分が酷く醜いものの様な気がして、それが更に浄玻璃鏡……鈴鹿を追い詰めていた。
(……逃げたい、もう嫌だ。)
どいつもこいつも何故そんな、何かに期待するかの様な目でこちらをみているのか、いや、もしかしたら期待していると思っているのは自分だけでもしかしたらもっと別の何かなのかもしれない……そしたら、それはそれで得体が知れないので気持ちが悪い。
そんな思考が加速していると「浄玻璃鏡様!」と声が張り上げられる。
決して怒鳴った風ではなくとも必死さを帯びたそれに、思わず音源……側で不安げに瞳を揺らす絹子に目がいった。
「声を荒たげてしまい申し訳ありません。差し出がましいとは思いますが、その、休憩にいたしませんか?」
思わずポカンと口を開ける……という表現が合うくらいたっぷりと間を置いて、もう一度絹子を見て、状況を把握する。
今、目の前の得体の知れないと思っていた、絹子が、休憩を申し出た。
自分の意見を言った、それも、声を張って。
「え、ええ。休憩、しましょうか。」
その言葉にぱあっと顔を輝かせて絹子は嬉々としてメイドの様な姿をしている皿の付喪神とカップの付喪神にお茶を申し付けた。
配膳の支度をしてから、絹子が頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。」
「どうして……。」
謝るんですか、というよりも早く絹子が首を振った。
「いいえ。本当は、私は……私たちは気付いていました。貴方様が私たちに心を砕きつつも、心の距離を測りかねていたことを……。」
そして、私たちを知りたいがためにこんなにも、頑張り過ぎていたことも……と続けた絹子の瞳からポロリと一粒の滴が伝い落ちる。
それは、同じ涙でも今まで見てきたどんな涙よりも綺麗に感じた。
それとともに知られていたという事実にまたもや臓腑を冷やす。
すると、それがわかっているかの様に絹子はまた話を再開した。
「信用してもらえなくて悲しい、とかという感情の機微は、私共にはまだ理解できません。ですが、その、浄玻璃鏡様。人間は、私どもの様なものと違って、説明というものをしなければ納得が出来ないのだと、いつかの持ち主が言っていました。だから……。」
「だから、聞いてください。私たちがどうしてこうあるのかを、皆が皆、同じな態度で貴方に接しているのかを。」
その白い手が、鈴鹿の手を包み込んだ。
付喪神だと言うのに、その手は優しい暖かさを多分に含んでいた。
煎茶を運んできた2つが退出すると改めてそれをカップへと注いだ絹子は恭しくお辞儀をして一歩退いたが、鈴鹿が一緒に飲むことを提案すると、キョトンとした後に、まるで薄幸の少女の様に照れ臭そうにはにかんだ。
「先ず、私たちは物です。器物のその先にいる、付喪神。もちろん物でしたから、使っていだたけたら、役に立てていただいたら、幸せです……けど、コレはあくまでも元々の性質でして、此処に、貴方の箱庭に集った私たちは違います。」
柔らかい口調のまま、されどハッキリとした否定の言葉に、コクリと鈴鹿が頷くと対面する絹子も頷きでもって返し、話は進む。
「……貴方は覚えてらっしゃらないかも知れません。でも、私は、私たちは貴方様に一度でも気に掛けて頂いたことがあるのでございます。……もちろん数からしてそれは合わないとお思いでしょうが、その多いと感じる物達は私の様なものに心から賛同して、貴方の下へと集まったのです。」
絹子が鈴鹿に微笑みかける、鈴鹿は真顔とも言えないがあまり表情の無い顔で、それを真剣に聞いていた。
両者ともお茶に口はまだ付けていない。
「ねえ、覚えていますか?私は貴方の一時的な居室を開けたり、貴方が手を焼いていた御令嬢の鍵を開けて、そして、ゴミ箱に棄てられて……生ゴミに塗れた私を貴方は綺麗にして下さいましたね。そうして証拠品として渡された私を元主人が粗雑に投げ捨てて、何度も何度も踏み潰されて、曲がって使い物にならなくなった私を、腐蝕していた私を拾って、磨いて下さいましたね……。貴方が覚えていなくともそれは私にとってはとてもとても大切な……思い出、なのです。結局その後、私は汚い、古くて使えない鍵だと言われて錠前が一新されると同時にドロドロに溶かされて廃棄されました。」
(あ)
ポツリ、心の中で呟いた。
鍵束で、棄てられていた。それには覚えがあった。それはきっと、東国のとある国の貴族の家の鍵だ。
酷く豪奢な館に住んでいた、悪徳領主。
そこで、邪魔な使用人を殺してプリシラたちに濡れ衣を着せようとした際に解決のための証拠品となった、その鍵束。
鍵束を纏めるリング部分にも綺麗な細工の付いたそれを何の気なしに拾って洗ったのだ。
「他にも……先ほど出て行った物達も、貴方の身勝手な、仲間というのも謀られる様な方々に割られてしまった物達です。本当はまだ付喪神になるのには若かったけれど、貴方が破片を丁寧に集められて『ごめんね』と『ありがとう』と言ってくれて嬉しかったと、だから、今度はどんな形であろうと貴方の助けになりたかったのだと、そう言っていました。」
パチリ、と目は開いているのに、もう一度、目が開く様な、覚める様な心地がして、絹子から文字が浮かび上がりそれが羅列となって鈴鹿の前に広がり始める。
絹子
鍵束の付喪神
どの様な物でも鍵であれば作り出せる。
また、鍵束という役割故にどの様な空間にも接続が可能。
女性であり、装束が異なる、という点は主人が怯えることのないように、という配慮から。
主人である浄玻璃鏡に多大な恩義と思慕を感じて(慕って)おり、人間に対しては複雑な思いを抱えている。
これからの主人は浄玻璃鏡のみと、固く心に誓っている。
付喪神になってからはまだ然程時間が経過していないので複雑な感情の構築は難しい。
好物 主人の幸福、笑顔。ハンドクリームとガーゼ(自身を磨く用)
苦手な物 錆、かび。
(これが、絹子の……)
ずっと見えていなかったのでてっきり見えないのだと思っていたのだが、いきなり見える様になったそれに驚きを隠せない。
けれど……。
「だから、私達は決めたのです。貴方を、浄玻璃鏡だけを主人として、今後の一切を捧げようと、そう、皆で話し合って決めたのです。……ですから「絹子。」はい?」
「ありがとうございます。」
「は……。」
いきなりの言葉に口をパクパクと開閉させて、同時に顔を赤くしたりと忙しなくなった絹子に、鈴鹿は微笑んだ。
「信じれなくて、ごめんなさい。……だからその、お詫びに……今度一緒に買い物に付き合ってくれませんか?」
そうして、一緒におすすめのハンドクリームを選んで欲しいんです。という鈴鹿に、その外見には合わない様な力強い声音で「はい!!」と絹子は子供の様に笑った。
きっと、自分が関わりを閉じていたのだと、鈴鹿は一人ごちる。
だから、認識したくなかったから、彼らの情報も閉じていて、何も見えなかったのかも知れない、とも……。
(もう少しだけ、待っていて下さい。今はまだ駄目な私だけど、それでも、私も進むから。)
早く、みんなに愛を返せる様になりたいと、鈴鹿はもう一度、窓の外を見た。
やはり、街は変わることなくキラキラと、星空の様に輝いていた。




