廃品回収 其の弐
他人も自分も信用できません。
無償の物はもっと信用できません。
だって、とっても怖いんですもの。
「……え、と。」
唐突に呼ばれた自分の名称にどう答えたらよいのかわからずしどろもどろになっていると突如として壁が焼失した。文字通り、まるで紙にライターで火をつけた時の様にじわじわと黒く焼け焦げ、無くなっていく。
それが収まるころには壁の向こう側……先程天蓋からこちらの様子を伺った男を先頭に老若男女、どころか明らかに人型ではない、物体に手足がそのまま生えた者、眼だけがついているものなど千差万別であった。
そんな物たちが、こちらに向かって一様に(とは言っても片膝を立てていたり、正座だったりとこちらも様々な形式ではあったが)頭を垂れている様は圧巻である。
準備が出来たようですね。と隣にいた給仕服の女性が手を叩いたかと思うと、天蓋の閉じられていた、こちらと向こうとを仕切る薄布が、何処からともなく現れたこれまた違うデザインの給仕服を着た少女二人によって取り去られていく。
そこで漸く気が付いたのだが、どうやら床はフローリングの様に木でできているわけでも、大理石の様に石でできているわけでもなく、畳が敷き詰まっていたらしい。ベッドと天蓋と畳というミスマッチ具合に鈴鹿は内心で首を傾げた。
そうして、鈴鹿が心内であたふたしている間に、女給姿の女性が自然な所作で正座し三つ指ついて頭を下げた。
「では、改めまして。ようこそおいでくださいました。私、箱庭で屋敷の管理をさせていただいています。鍵束の付喪神、絹子と申します。」
そう言って嫋やかな微笑みとともに絹子がもう一礼し、拳1つ分後退すると、それと変わる様に首元に火傷のある書生姿の青年が前に出る。
「同じく、帳面の付喪神の不知火だ。一応ここら一帯の警備を担当してる。あー……なんだ。よろしく頼む。」
その蓮っ葉な物言いになのか、はたまたは何か別の粗相ととれる事柄があったのかはわからないが、絹子は先程の聖母の様な微笑みから一転して鋭い目つきで不知火を睨みつけた。
が、それも一瞬のことで鈴鹿の方に再度向けられた眼差しは、表情は先程の微笑みに戻っている。
あ、これは怒らせないほうがいい人かもしれない。と心の中で密かに位置付けしつつ、できうる限りの笑顔を浮かべて、鈴鹿は己も自己紹介をしようと口を開いた。
「……僕は、浄玻璃鏡。と、申します。恐らくは、鏡の付喪神?かと……。」
自分の名前が鈴鹿という人間名ではなく品名になったことに一瞬戸惑ったものの、そのまま自己紹介を終えると、変わらぬ笑顔で絹子が口を開いた。
「ええ、ええ。存じておりますとも。なんせ、捨てられ途方に暮れていた私どもを拾ってくださった貴女様を忘れたことなど一時もございません!」
嬉々として、それこそまるで心酔するかのように語る絹子の様子、そして言動について行けず、鈴鹿は冷や汗を垂らした。
(は?いつ拾ったっけ?というか拾っただけでその熱視線ってちょっとチョロ過ぎない?)
前者の疑問については全く記憶がない。し、後者の方にしてもこれはこの世界の住人全員に言えるが、アースレイにしろニーグメージュにしろフィリーにしろ好悪が(無関心も含め)極端すぎないかと言いたいところである。さらに追加で言えばここまで自分に好意の様なモノを寄せてくる人物が多すぎると上手く出来過ぎでいるようで、ハッキリ言って気味が悪い、いや。もっと素直に言うなら気持ち悪い。
「……申し訳ないのですが、それは貴女方の勘違いでは?僕は何もしていませんよ?」
そのさりげなく、されど明確に無関係だという言葉を突き付けてやると、きょとんとしていた彼女……否、彼女たちは一呼吸おいてどっと笑った。
「何をおっしゃいますか。此処は貴女様の箱庭です。即ち私どもは貴方が求め、貴方が集めた……貴女が必要としてくれたから、私共は此処に存在することが許されているのです。勘違いやら何もしていないなんてことは、無いのですよ。……浄玻璃鏡様は謙虚な方なのですね。うふふ。」
そんな絹子の言葉に続いて周囲では深い頷きとともにうんうんと肯定の意が返ってくる。
それにほら、とダメ押しと言わんばかりに絹子が腕をまくって見せると、そこには赤黒い何か……錆びた鉄片の様なモノが無数に張り付いて蒸気を吐き出していた。
しかし、その蒸気が出るにつれて赤黒い何かは徐々にそれを縮めていき、遂に何もない美しい白い肌だけになってしまった。
「この世界に呼ばれてからというもの。外の世界で受けた傷が修復されまして……こうして快適に過ごさせていただいています。これをみて、どうして貴女をそこらの人間や神と一緒に出来ましょう。」
此処にいる者たちもそう思っているのですよ。そう言って、目の前の女はうっとりとした表情で鈴鹿……浄玻璃鏡を見据え、更に笑みを深めて浄玻璃鏡の手を握った。
「ですから、誠心誠意お仕えしたく存じます。どうか余すことなく私共をお使いください。」
それが、私たち此処に集う付喪神の悦びであり、存在意義です。と言った女に、それに同意する周囲に、浄玻璃鏡の冷や汗は止まることなく、されど神様然とした微笑みをその顔に貼り付けたまま硬直した。
一体なんだというのだろうか。
目の前の、こちらからすれば過度な献身……ある種無償の愛の様なものを向けてくるその様が、誰かを愛することをしてこなかった浄玻璃鏡にとっては信じ難い、そして何より受け入れがたいものであった。




