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廃品回収 其の壱

ぐつぐつと鍋の中の汁物が煮える子気味いい音が耳を打った。

ふと前、手元を見てみるとそこには切りかけの野菜。自身の利き手には包丁が握られている。

どうやら調理の途中で意識を余所に向けていたらしい。なんと危ないことだろうか。

台所についている小窓からちらりと外を見るともう日はほぼ真上に上りかけていた。


(いけないいけない。もうすぐみんな帰ってきちゃう、早く作らなきゃ。)


流石に頑張って手伝いをしてくれる弟妹や仕事から帰ってくる父と兄を腹をすかせたまま放置するのは可哀想すぎる。そう思って再度調理に専念しようと一つ頷いて作業に戻ろうとした。

瞬間、ノイズが走る。


―――■■■■■。


くらりと同時に生じた眩暈に、思わずふらついて、そのまましゃがみ込む。

続いて、頭痛。


―――お……て。


(あれ……?)


鳴りやまない頭痛。止まらない吐き気。

まるで真冬の水につけた時の様に感覚が急速になくなっていく指先。

ヒュっと思わず息を吸い込んだ。

直後、肺が、気管が、身体の肉という肉が、臓器という臓器が痛みとして訴えかけてくる。

これは、此処は何かが違う。

自分という存在がいてはいけないのだと、早々に立ち去るべきだと。


「たっだいまー!!ねーちゃんっみてみて、今日はこんなに取れたよ!!」

「あっウェビーっずりー!!おれも!おれも一緒に取ったんだぜ!」

「おねえちゃん、洗濯物取り込んどいたよー。」


そんな不安を切り裂くかのように賑やかな子供たちの声がドアの方から聞こえてくる。

それとともに先程までの鳴りやまない雑音も、痛みも何もかもが消えてなくなる。


(……?私、一体何を……。)


いつも通りの弟妹たちの声が酷く懐かしく感じ、先程までの異常が無くなった安堵故かそれ以上の詮索をやめて、いつも通りに笑顔で出迎えようと振り返ろうとして、視界が暗くなる。


「ダメ、見ちゃダメ。喋る、ダメ。駄目、だめ、ダメ。」


すぐ傍から幼い子供の様な高い声が響いてくる。

声の近さと目元の暖かくも圧迫感のある何かから、恐らくこの声の主が自分の眼を塞いでいることが分かった。

どうやらまた末の妹……メアリーが悪戯をしてくれているらしい。思わずふふふと笑って引きはがそうとするが、外れない。とても数え三つとは思えないほどの力で押さえつけており、自らの力で解くのは難しそうだ。


「ねえちゃん?」

「どうしたの?」

「おい、ずるいぞ!姉ちゃんから離れろよ!」


弟妹たちの声がまたもや玄関の方からする。

全くこの子はと思いつつも、家の事情から自分が母親代わりになっているのもあって面白くないのだろうと思うと叱ることも出来ず、結局、懇願することにした。


「私からも頼むわ。このままじゃみんなの食事が作れないから離して頂戴。」

「嫌。」

「お願いよ。後で一緒に遊びましょう?」

「だめだよ。だめ。お■■さんは、―――だから、あんたらになんてやらない。」


最後の言葉は、明らかにこちらの事ではなかった。

その言葉が出た途端グシャリと何か、傷んだ果実を床に思い切り落としたような音がして、同時に弟妹の声が聞こえなくなる。


「な……んで……。」

「ず、る、い。」

「おまえ、ば、がりィ……。」


ズルズルと這う様な音、続いて、声にはならない叫び声。

形容し難いそれは絶叫の様にも、雄叫びの様にも聞こえる。


「今度こそ、行ってね。ね、■■あ■ん。じゃ、ね。」


不思議と怖いとは感じなかった。

きっといろいろなことが立て続けに起こって頭が追い付いていないのかもしれない。

それなのに―――


頬が濡れていた。多分、また泣いてしまったのだと思う。


ぽろぽろと

ボロボロと


涙を流しながら伸ばした手は、やはり空を切った。


「気を付けて、ね。」


優しい声が響く、決して母や祖母の様な安心するような声ではない。

幼子の様な少々投げやりながらも無垢なソレ。


それが……悲しくて、辛くて、それでもそれ以上に愛おしくて―――












酷く眩しくて、目を覚ました。

最初に視界に入ってきたのはきらきらと輝く何か。

ただぼんやりと眺めていると、それは水晶か何か、宝石の様なモノで造られたシャンデリアの様なモノだという事がわかる。

それから左右に首だけ動かしてみるとどちらも薄い布の様なモノで囲まれていた。

病院の仕切り用のカーテンのように見えるが、継ぎ目の方を辿ってみるとこれは天蓋のようだ。


「うっ……。」


けほっと思わず咳き込んだ。胸の内側から這い上がってくるかのような気持ち悪さに、身体の重さに、自分がいかにここでこのまま眠っていたのかが思い知らされる。

この身体になって久しく感じていなかった人間らしい不便さに少々眉を顰めた時であった。

唐突に閉ざされていた天蓋の布が開いた。

出てきたのはざんばらに切られた黒髪にまるで書生の様な出で立ちの青年であった。

涼やかというよりかは男前といえるであろう顔面には大きな傷が走っており、首には痛々しい火傷の痕らしきものが見える。


「お、起きてたのか。ちょっと待ってな。おおい。おひいさんが起きたぞー。」


その声を皮切りにバタバタと騒々しい足音が聞こえたかと思うと派手な音を立てながら、転がる様に誰かが入室してきた。

ゼヒューっゼヒューっという最早自分よりもこちらの方が病人ではないのかと思う様な浅い呼吸を繰り返しながら誰か……今度はまるで大正時代のカフェで働く女給の様な出で立ちの女性が、酷く取り乱しながらもこちらに向かって愛想のよい笑顔を振りまく。


「ああ、お目覚めで!一時はどうなることかと……このような粗末なところで申し訳ありません。―――お加減はいかがですか?浄玻璃鏡様。」

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