狭間の邂逅
ただ、助けてほしかった。
どんなに歪んでいても、惨めでも
……受け入れて、ほしかった。
―――す……け、て。
気付くと、そこは仄暗く鉄錆の匂いが充満する何処かだった。
少しして鼻が慣れてくると鉄錆だけではなく何か有機物が腐ったような、饐えた様な匂いが鼻を突き、思わず袖で鼻と口を押える。
さざめきの様な音が絶え間なく聞こえ、思わず眩暈を覚えた。
(ここは何処?)
自分はどうしてこのようなところに居るのだろうか。
袖越しでも尚余るほどの悪臭に顔を顰めながら辺りをゆっくりと見回してみる。
―――えぇ……ん。
―――まっくら……よ、う。こ……よ、う。
―――たすけて。
そこで漸く何処からともなく響いてくるさざめきが子供の声だという事が分かった。
泣き声や呻き声、助けを呼ぶ声とさまざまだったが、周囲が洞窟の様になっているのか反響してよくわからない。
「……誰か、いるのですか?」
意を決して何処へともなく声を掛けてみる。
と、さっきまで響いていた子供の声がぴたりと止んだ。
グイっと突然袖を引かれ、思わず振り返ると自身の腰くらいの大きさの子どもが鈴鹿の袖を引っ張っていた。
髪は手入れされていないのか伸び放題で、恐らくボロボロの服も相俟って山などでは妖の類と勘違いされそうな見た目をしている。
冷静に分析している鈴鹿もこんな冥界神()みたいな風にならなければ今頃逃げ出していたことだろう。
(まあ、あんな亡者やらそれを追う餓霊兵やらを見てたら慣れるわよね。)
「君は……。」
「……。」
何も言わずに子供はガシッと鈴鹿に抱き着いてくる。
余りにも力強いそれに、思わず剥がそうとした鈴鹿だったが、その子供の身体に触れた途端その動きを止めた。
「あ、貴方。もしかして……。」
「……。」
子供の返事を待たずして無遠慮に子供の全身を弄っていた鈴鹿だったが、突然ガバリっと無理矢理子供の方にしゃがみ込んだ。
「やっぱり、貴方お水は飲めます?お腹は?何処が痛い?その他に何か……私が触ってるのは?分かります?」
「ぁ……ぅ……。」
矢継ぎ早の質問に言葉ではなく身振り手振り……主に頭を上下左右に振ることで何とか意思表示をする子供に先程の警戒の色を消して鈴鹿は話しかけると、水筒を取り出した。
それを子供の口元の位置にもっていってやると片手で必死にその水を飲み始めた。
もう片方の手を放すことなく鈴鹿に縋り付くように抱き着いている子供を、鈴鹿は何とも言えない表情で見遣る。
ボロボロの服は黄ばみや皮脂の黒ずみが目立ちもう長い間風呂に入れられていないことがわかる。
そして何より目を引いたのは伸び放題の髪に隠れてこそいたものの、その細すぎる体躯である。
手足は暗闇の中ではあるがよく見れば枯れ枝の様に細く、先程鈴鹿が触れた胴部分も胸部はあばらが浮き腹ばかりが膨れていた。
(どうしてこんなになって……。)
まるで餓鬼の様なその姿に、プリシラだった頃の彼女の琴線に触れたのか頬を涙が伝い流れていく。
聖人として、というよりそれは長姉としてのそれであり、不甲斐ない自分が心底憎いと、見知らぬ子供を前にしてこの時鈴鹿は思った。
「ぃあ……の……?」
ボロボロの唇から紡がれた言葉とともに何か冷たいものが鈴鹿の頬を撫でた。
目の前の子どもが鈴鹿の頬を撫でていたのだと、数瞬巡って理解する。
呆気にとられた鈴鹿であったがその手を大切そうに握りしめて、安心させるように笑って見せた。
「痛くないですよ。……大丈夫、です。」
そう言って頭を撫でてやると、何を思ったのか鈴鹿から手を離した子供はその棒の様な手で緩く何処かを指差した。
その方向を見てみると、ぽつんと何かが光っているように見える。
「あっちに行くと、いいんですか?」
「う……。」
コクコクと首を振る子供の手を引いて、その光の方に歩いていく。
といきなり片手が軽くなった。
驚いて振り返ると子供がいつの間にか遠く、先程まで鈴鹿たちがいたであろう位置まで戻り、手を振っている。
その手はもう枯れ枝の様なソレではなく健康的な、されど病人の様な青白さであり、同じように血色の悪い顔には、それとは不釣り合いなほど愛らしい笑顔が刻まれていた。
「ありがとう。■■■■■。」
「まっ……貴方も、一緒に。」
そのまま、手を伸ばした鈴鹿は光に吸い込まれる。
消える直前に見えた子供は、大切そうに鈴鹿から貰った水筒を抱えていた。




