女神さまの事情
「で、なんで彼女なんだ。」
そう言って仁王立ちするアースレイの前には地面に直に正座しているニーグメージュ。
その様子は先程までの怒りや恥などを何処に放り出してきたのかと言われかねないほど震え、泣きべそをかき哀れなものであった。
「……だって神である妾が出たら不公平だって言って受けようとしないんだもの、奴ら」
「そんなのは君の力で縛りつければいいだけだろう。彼女を巻き込むな。」
「そ、そんなことしたら元も子もないでしょ!ただでさえノゼヴィルの奴、そろそろ人間を本格的にどうするか決めかねてるみたいなんだからっここら辺で是が非でも挽回してもらわないと!」
「じゃあそれこそ君の出番じゃないか。適当に君のお眼鏡に適う奴を選んで適当にそれらしく仕立て上げればいい。」
君の理想の王子様も手に入れられて一石二鳥なんじゃないか?とわざとらしくアースレイが続けると聞いている間俯いていたニーグメージュがバッと顔を上げ怒鳴る様に涙目で吠えた。
「っつ……そんなアテあるわけないでしょ!!妾だって自分の評判くらいわかってるわよ!どうせみんな口をそろえて言うわ。多情な傍迷惑の塊みたいな奴だって!……いっておくけれど妾が妾になってからしたことなんて精々職務放棄してあの城に引きこもったくらいよ!……わ、妾だって……お友達位自由に作ったっていいじゃない、好きな人と添い遂げるくらい……大目に見てくれたって……。」
いじけた様に言う彼女の内容と、即座に起動させた浄玻璃鏡の鑑定能力での文面を見比べる。
確かに彼女は嘘をついているわけではないという事が解るが、それとともに現れた彼女の神話の類を見てみると確かにこれは相手にしたくないと思うほどの悪行というか、傍迷惑な女神であった。
鈴鹿は顔を引き攣らせながらアースレイの袖を引っ張って耳打ちする。
「あの、彼女の言ってること全部本当です。彼女がしたことは確かに引き籠ったくらいで、その他の所業は彼女の名で綴られてこそいますが彼女は全く関与していないみたいなんです。」
「……。」
それでもどことなく納得していなさそうな兄弟子に喫茶店でしたように紙に情報を焼き付けて見せる。
その様をじっと見ていたアースレイは「確かに」と呟いてそれを燃やした。
「……事情は分かった。」
再度ニーグメージュの方を向くとニーグメージュは今度こそボロボロと涙を溢しながらこちら……というよりアースレイの方を睨んでいる。
「……だが、それはどうしても彼女でなくてはダメなのか?どこぞの英雄とか……他国の勇者などでは……。」
「……別に、それでもいいわよ。妾はただ、その……きっかけが欲しかっただけだから。」
そうもごもごと歯切れ悪くアースレイとの会話を終えたニーグメージュは鈴鹿の方を向く。
「あ、貴女っ。わ、妾とお友達にして……や、違うわね……お友達に、お友達……ああ、もうっお友達になりなさい!!……あ……。」
そう言ってまたジワリと涙を浮かべ、愛と美の女神は膝を抱え込むようにして座り込んでしまった。
俗に言う体育座りという奴である。
対応に困ってアースレイとフィリーの方を交互に見るもブンブンと首を振られてそれっきりである。
(えええっ今更になって私に主導権振られても困るんだけど!?)
大体いきなりすぎるだろう、今までの会話のどの辺に友好要素あったよ!?などと考えつつもその一方でもしかしたらそう言った経緯とか関係なく女友達が欲しくなるほど追い詰められているのかもしれないとも思い、内心で先程よりも更に更に引き攣った笑顔を浮かべながら、されどそんな様を一切外に出さずに女神特有の美しい微笑を携えて鈴鹿の口は自然にその一言を口にした。
「はい。お友達になりましょう、ニーグメージュ神……これから僕と貴女は対等なる友。という事でよろしいですね?」
その言葉とともに手を差し出すとアースレイがぎょっとした表情でそれを見る。
しかし、彼がそれを止めるよりも幾許か早く、ニーグメージュがぽかんと口を空けながらその差し出された手を凝視し、ガシッと握り返した。
「よよよよよよろしく!よろしく!初めまして!ありがとうっ大好きイイイイっ!!」
そう感極まったように言った端から彼女の足元を中心にぞわぞわと大量の植物が発生、成長していく。
が、それはアースレイが力を使ったのか途端に成長を停止させた。
「……それで、決闘の件はどうするんだ。」
「あの、失礼ながら、その件なのですが、恐らく参加したがる者はそんなにいらっしゃらないかと。」
アースレイが溜息を吐いて吐きだした言葉に反応したのは意外にも二柱の女神ではなく只一人の人間、フィリーであった。
いままでいないも同然だった人間の少女の存在に気付いたニーグメージュと、まさか口を挟んでくると思っていなかったアースレイの二柱に視線を寄越され思わず「ひいっ」と情けない悲鳴を上げるも、そのままフィリーは話を続ける。
「え、ええと、あの、その……実はこの国とはあまり関わり合いになりたくないと、良いことも悪いことも、全く関わりを持たないようにと……近頃は貿易も成り立たなくなって、強制的な鎖国状態にあります。ですから、国外にいらっしゃる勇者様や英雄の方々もお招きは辞退なさるか、承諾されても船も道も閉じられていて、入国は困難かと思われます。」
「ですが、フィリー。貴方は……。」
ニーグメージュが来る前に「仕事でも長居したくない」などと言っていたのではなかっただろうかと首を傾げると、慌ててフィリーが訂正するように頷いて見せる。
「は、はいっ。わた、ワタクシの様に比較的自由に国境を行き来する者も確かにいるです、ます。ですがほんのわずか……私と同じようなものばかりで、して……強い方は、いらっしゃえません。こればかりは、王家の方がそのような方を蔑ろにするような政策をとっていることもあるので、断言できます。」
所々不自然な、されど必死にかき集めてきたであろう敬語で、更に言葉も選びつつ慎重に答える彼女はグイっと自身の被っていた帽子のツバを掴んで更に深く被り、尚も頭を押し込めようとする。
その様子が礼儀がなっていないとか、無礼というよりも、鈴鹿には一生懸命に何かに耐えている、外界を遮断する子どもの様に映った。その様子が、プリシラだった頃村に置いてきた兄弟たちの叱られたときのそれに被る。
「ひや!?」
尚もブルブルと震える彼女の元に近づいて、鈴鹿は思い切り……足払いを掛けた。
そうしてフィリーが倒れ込む寸前で回り込んで抱き抱えてやる。
「ありがとうございます。フィリー。」
「ふへ!?」
「貴女は自分がどうなるかもわからない状況で、それでも正直に話してくれました。だから、ありがとうと、言わせてください。」
もちろんそんなの建前である。
ただ、いつぞやの姉だった自分があるからこそ、鈴鹿はそのままフィリーを放置することなど出来なかった。放っておくという選択肢を選ぶことを自分が許せなかったのである。
(……いや、そんな中途半端なやさしさみたいなもんじゃないか。)
はたまたは、あの時の自分にこうしてやりたかったのかもしれない。と仄暗いような感情がするりと何処かに固着する。
そんな考えを一瞬で振り切って、腕の中のフィリーの頭を撫でてやる。
と、フィリーは真っ赤になってくたりと気絶した。
「あら、まあ。」
「人間には刺激が強すぎたか。」
神二柱はそれだけ言うともう人間に用はないと言わんばかりに話を進める。
「しかし困ったわねえ……そこの人間のいう事が本当ならもう本当にその子に出てもらうしか……。」
「それはそうなんだろうが……彼女はまだ箱庭が出来ていないんだ……。」
「え……それは……ちょっと不味いわよ。てかジルネーの奴今回も放任な訳?」
「いや、そういう訳ではないんだ、むしろその逆で……。」
「はあ!?どのみちこの時点で自分の事何一つ理解してないなら変わらないじゃない!!」
鈴鹿にはよくわからない話が二柱の間で繰り広げられ、そのまま暫く待っていると二人とも溜息を吐きながら鈴鹿の方に戻ってくる。
「ええとね、その、とっても申し訳ないんだけど……貴女には正式に決闘に参加してもらうことになったの。それで、その。貴方にはそのための修行、をしてもらうことになって……あ、箱庭はもう貰ってる?」
見せて頂戴。というニーグメージュの言葉に素直にジルネーから貰った細工箱を手渡す。
相も変わらず美しい装飾の箱だなと思っていると箱を開けたニーグメージュが何かをそこに入れた。
「うんうん。素敵な箱庭を見せてくれてどうもありがとう。これから早速修行を始めるから……今度はあちらで会いましょう。それじゃ!!」
そんな言葉を残してニーグメージュが消え、箱が光りだす。
数度の明滅の後、その場を眩い光が包んだ。




