いきなり過ぎるぜ、女神様
「生誕地?冥界じゃなく、聖王国が?」
聞き返す鈴鹿にフィリーが頷いて見せる。
肝心のアースレイは黙して語らず、眼を閉じてただ短く溜息を吐いただけだった。
「生誕地って言っても本当に誕生したという意味では無くてですね。私たち人間とかエルフとか……そう言った地上の生物がその神が生まれたことを知らしめられた土地、という意味なんです。それがかの冥界神にとっては聖王国だったというだけのことで、実際の出生とかは別だと思いますよ?……たぶん。」
そこまで言い切ったフィリーだったが気まずげに頬を掻きながら「神話系は専攻じゃなかったのであんまり得意じゃないんですけどね……。」と付け足した。
一気に胡散臭くなったなと思う鈴鹿ではあったが、それは言っている本人もよくわかっているのか「あー、えー……と、それでですね。」と無理矢理話を続ける。
「アースレイ神の司っているものはご存知ですよね?」
突然の問いに頷くことも出来ずに硬直する鈴鹿に代わって、今度はアースレイが口を開いた。
「動物はグスティ、数字は13。色は黒で、職能は縁切り、裁定、戦い、そして殺戮……だろう。」
「おお、よくお分かりで!もしかしたら下手な神話史専攻よりも理解しているのでは!?」
純粋に瞳を輝かせて尊敬の様な眼差しを向けるフィリーにいや、そりゃあわかるよね。だって本人だもん。とは口が裂けても言えない鈴鹿。アースレイは大して興味も無さそうにその辺の木に寄り掛かった。
因みにグスティとはアースレイの戦車を引いている巨大な鷲に似た三枚羽の怪鳥(神鳥?)の事である。
「それで、そのアースレイ神の生誕地であることがどうしてこの国の落ち目と繋がるんです?」
「それはですね……。」
再度説明をしようとしたフィリーの前方を中心に強風が吹き荒れる。まるで竜巻のようなそれは吹き飛ばされないのが不思議な程荒々しい。
「ちょっとアースレイ、そしてそこの貴女っ。いくら妾が首を縦に振らないからってあんなの送ってくるなんて、心の広い妾でも怒るわよっ!!」
風が僅かに弱まったかと思えばその中心には数刻前に会った女神ニーグメージュが如何にも怒っていますと云わんばかりの表情でアースレイと鈴鹿の方を睨んでいた。
「ひっ」とフィリーが短い悲鳴を上げる。
ぞわりと腹の底から悪寒のようなものが走り抜け、口の奥の方から甘苦い、恐らく消化液の一種であろう何かがしみだす。
危険だ。と身体が冷や汗を流して訴えかける。
「何よあの勇者モドキと取り巻きの女連中はっ仮にも愛と美の化身であるこの妾に向かって神でもない、どころか眷属でもないくせに溜め口で礼儀もなっていないなんて本当にどういう事!?」
「勇者モドキ……。」
「取り巻き……。」
アイツらか……とアースレイと鈴鹿は顔を見合わせて頷きあう。
フィリーの元々居たグループは鈴鹿たちだけでなく様々な場所で問題を起こしているらしかった。
フィリーもニーグメージュに美しさを分けてもらいに来たと言っていたから外れではないだろう。
「かくなる上はこんな不快な町消し去ってあんたらの仕事増やすわよ!!」
高々数人のために町一つを犠牲にするとは、何という傍迷惑な女神だろう。
というか女神がこんなに激怒するなんてあいつら一体何したんだと鈴鹿は顔を引き攣らせた。
どう考えてもちょっとした言い間違いとか暴言とかで決裂したとかじゃなさそうな雰囲気である。
「済まないが、その件は俺たちとは無関係だ。余所をあたってくれ。」
「はい……ちなみにそんな慈悲深くて寛容な女神である貴方が何故そこまで怒ったのか聞いても?」
内心でよくやったアースレイっ流石先輩!!と思いながら努めて冷静に振る舞う鈴鹿に、しばし沈黙してじっと見つめていたニーグメージュも溜息を吐いて怒気を緩めた。
「……ほんとうに知らないみたいね……。はあ……全くもってなんて災難続きなのかしら。まあいいわ、話しても何も変わらないかもだけれど、何かの役に立ったりするかもしれないし。」
そう言うと完全に怒気を消し去ったらしき彼女は今度こそ浮くことなく地面に降り立った。
先程までの強風はなりを潜め、同時にさっきまでの肌を刺すかのような圧迫感から解放される。
それと同時に「ああ、そこの人間。貴方もう話していいわよ。」とニーグメージュが言うとフィリーの喉からヒュっと勢いよく空気を吸う音が聞こえた。
どうやら先程まで周囲の人間に何かしらの影響を与えるような何かが仕掛けられていたらしい。
「あいつら見返りもなしに王国のためにとか言いながらこの妾に美しさを分けて欲しいと言ってきたのよ!無償よ?む・しょ・うっ。断ったら断ったで神なんだからケチケチせずにそれくらいしてくれたっていいだろうとか言ってきたのよ!ああ、思い出したら腹立ってきたっ。しかも奴ら私の目の前でグメルの実を踏みつぶして……!なのにこれはちょっとした事故で決闘はしないとか……あーもうっむかつくっ」
(グメルの実……?決闘?)
聞いたことのない果実と決闘という単語に鈴鹿が首を傾げるとアースレイが耳打ちしてくる。
「グメルの実は奴……ニーグメージュの象徴物の一つだからな……それを目の前で壊されたり粗雑に扱うというのは事実上その神を軽んじていることになる。だから奴はそれを決闘という形で相手にけじめをつけさせようとしたんだろう。」
なんだかんだ言って奴も人間には目を掛けてるからな。と無表情のまま言い切り、姿勢を戻したアースレイにいやいやさっきまで町ごと滅ぼすとか言ってたやつのどこが?と思いつつ一応分かったように頷いて見せた。
そんな会話をしていた間、またもやこちらを黙って見ていたニーグメージュがピッと形の良い白く美しい指先を鈴鹿へと向けていた。
「そう言えばそこの貴方。もしかしなくとも最近噂の冥界の新人よね?」
まるで悪女の様に艶のある笑みを浮かべながらニーグメージュが尋ねるが、それよりも鈴鹿の前にアースレイが立ちふさがったのが早かった。おかげで肝心の鈴鹿は何があったのか正確には把握することが出来ていない。
「そうだが、それがどうした。」
「そう怒らないでよ。ただ最近神の間で有名なだけよ。あのジルネーが新しい弟子をとった。ってね。しかもまだネームレスらしいじゃない、その子。……ちょっそんな顔して脅さないでよっ私は何もしないってば!!……第一あんたのお気に入りにちょっかい掛けようなんて命知らずなこと誰もしないわよ!!」
先程までとは一変して怯えた様に顔を青くさせたニーグメージュはただ……と歯切れ悪く言う。
「その子のネームレス脱却のために、ひと役買ってあげようかなって……ほ、ほら!3人同意があったら自動的に昇格できるでしょう?だから、その……。」
緊張を緩めないアースレイに痺れを切らしたのかそのまま光とともに突如として消えたニーグメージュ。
その彼女が鈴鹿の真横に移動していて、鈴鹿が驚くよりも先に綺麗に頭を下げた。
「わ、妾の代わりに決闘に出て!ついでにお、お友達に……。」
振り向いたアースレイが鋭い一撃という名の拳骨をニーグメージュの頭に当てる。
……愛と美の女神の飾り気のない悲鳴が辺りに響き渡った。




