契約と代償
ガサガサと音を立てながら、足跡を一切つけることなく町外れの森の中を移動するアースレイ。
そんな彼に抱きかかえられながら過ぎていく景色を見ていた鈴鹿はその視線をアースレイに戻した。
「……どうして、あんなことを?」
絞り出した声を聞いて僅かばかり目を見開いて、鈴鹿は口を噤んだ。
責めるような認めたくない様な、まるで正義の味方か何かの様なその問いかけが、まさか自分の口から出てくると思わなかったからである。
この世界に来てから早数か月、冥界でジルネーの補佐として裁判に参加していた彼女は今まで罪人を裁く機会はそれこそ腐るほどあった。
裁く権限は無かったが、彼女の意見はかなり取り入れられていた。
それなのに、何故今更になって見ず知らずの少女の肩を持つかのような、理不尽を責めるようなことを自分は言い出したのか。
(……まるで偽善者ね。)
助けてもらった癖に、と自己嫌悪に陥る。
プリシラというこの世界の人間のだった頃があるからこそこの世界での出来事を単純にゲーム感覚で楽しむことも出来ないが、代わりに大真面目にそれをやってはいけないと道徳を騙る様な真似も出来ない。
そんな中途半端な、ともすれば異端という言葉に縋り付いているかのような自分が嫌になる。
思わずふうっと溜息を吐いた。
それをどう受け取ったのだろうか、アースレイはその質問に答えることなく移動を続けた後、開けた場所に出たところで鈴鹿とフィリーを下ろした。
「さて、さっきの君の質問だが……君は、俺が彼女にしたことが分からないから気にくわないという事でいいのか?」
「はい?」
思わず出る疑問形の返答。
この世界での神様連中の普通と元平民の新米女神の鈴鹿との間に知識や文化の相違と言ったものがあるのは重々承知していたが、流石にあんな人死にが出るような展開を受け入れることはできない。
が、目の前の神はそんな感情論ではなく、単に目の前でよくわからないことが起こって置いてけぼりになったのが気にくわないと解釈しているらしかった。
そんな見当違いの答えを前に先程までの自己嫌悪を上回るほどの苛立ちが心を支配する。
「……いいえ。確かに貴方のしたことはわかりませんがそれが気にくわないという訳では……。」
だからと言って何と言おうか、どうしてあんな凄惨な出来事を起こしておいて平気でいられるんだと義憤交じりにでもいうのか?それは違うだろうと思考を重ねていると言葉の歯切れが悪くなっていく。
気まずそうな鈴鹿をただ何とも言えない表情で見ていたアースレイは近くの木に寄りかかる様にして口を開いた。
「言いたいことがあるなら遠慮せず言いなさい。」
「……いえ、何でもありません。」
「けど、明らかに苛立っている。」
「それは貴方がっ……。」
「俺が?」
「どうして、あそこまでする必要があったのか……納得できていない……ん、だと、思い……ます。」
話している内に自分の主張に自信が無くなっていく。
そのまま俯きがちになっていた顔を上げてアースレイの顔色を恐る恐る窺うと、意外にもその顔は驚愕に満ちていた。
「君は……。」
ポツリと、零す様にアースレイは言葉を呟いた。
「君は、優しいんだな。そして、とてもいい子だ。」
「……は?」
今何て言ったこの男。と今度は鈴鹿が驚く。
(私が優しい?いい子……どこが?)
助けてもらったくせに難癖付けようとする奴のどこが優しいいい子なのだろうか。
今までの数か月間の積み重ねがあったとしても大体は師であるジルネーを挟んでの事だったため個人としてそこまで深い関わりがあったわけでもない。
いや……苦労人としてならもはや同盟が組めるくらいには仲が良い、といって良いだろうか。
そんなよくわからない関係の女の事を優しいいい子とか血迷った発言をする目の前の男はそのまま言葉を続けた。
「……優しいさ。人に対してそれだけ感情を向けられる。それっぽい事をする神は居ても本当にその正否を問うことが出来る奴は俺が知るなかでは君だけだ。」
「貴方……変わってますね。」
嫌味で言った言葉に「よく言われる」と苦笑で返されて沈黙せざる得なくなる。
話のすり替えの様なわざとらしい脱線の様になってしまったそれに鈴鹿は内心で唇を噛んだ。
(なんか……上手いことしてやられた気分。)
無意識であろうと常に上手の相手に知らぬ間に先ほど感じていたものとは別の苛立ちが募っていく。
が、ここで自制しなければ負けの様に思えてその感情を抑えた。
「さて、君の気にしていたさっきの出来事について教えよう。……あれは言うなれば契約の代償……の様なものだ。」
「契約の代償?」
鈴鹿の復唱にアースレイは緩慢な動作で頷いてみせた。
そこで鈴鹿は魔法についての講義を思い出して首を傾げる。
言わんとしていることがわかったのかアースレイは首を左右に振る事で否定の意を示す。
「魔法の時はああ言ったが正確には魔法の構成に加護やら契約やらは関係ないと言うだけで、それ自体は存在する。例えばこれだ。」
そう言って取り出したのはスーメという少女が着けていた腕輪に類似した物だった。
思わず身を硬くする鈴鹿の目の前でアースレイが何の感慨も無しに腕輪を割り砕く。
「そう、これはさっきの少女が着けていた物と同じ腕輪だ。これは彼女の一族と俺との間での契約の証で……効力は免疫力や身体能力を向上させるなんて言う在り来たりなものだ。」
「さっきの彼女の様子は、副作用というには余りにも過剰だったと思いますが。」
鈴鹿の切り返しに、アースレイはにこやかに笑ってみせる。
ただただ穏やかなそれは、いっそうに彼の不気味さを引き立てた。
「いいや?ただ、返してもらっただけだよ。」
突然のつむじ風がいつも被っているアースレイのコートのフードをさらっていく。
右半分殆どが包帯まみれの貌の中で鋭い金眼が爛々と輝いていた。




