第18話 一人の奥へ
セレンさんと共に潜るようになってから、数日が経った。七階層、八階層と、少しずつ潜る深さを重ねるごとに、互いの連携は確かな形を帯びていく。クランの皆との連携とはまた違う、計算された安心感。それはとても心地よく、頼りになるものだった。
それでも、僕の中には、まだ消えない小さな渇きがあった。誰かと組む安心感に慣れきってしまう前に、もう一度、自分一人の限界を確かめておきたい。そんな焦りに似た想いが、日に日に強くなっていた。
「今日は、ここまでにしましょう」
九階層の広間で、セレンさんが杖を下ろす。
「お疲れ様でした。……あの、今日はこの後、僕はもう少し潜ってみようと思っています」
「一人で、ですか」
「はい。……セレンさんとの連携、すごく勉強になってます。でも、一人の時にしか見えてこないものも、まだあると思うので」
セレンさんは少し考えるように黙り込み、それから小さく頷いた。
「理解します。……私も、ヴェルディさんと組む前は、一人で積み重ねてきた時間がありました。その感覚は、誰かと組んでいるだけでは得られないものです」
「わかってくれますか」
「はい。……ただ、無理はしないでください。この階層帯でも、油断すれば命に関わります」
「わかってます。約束の五階層から、今日は少しだけ範囲を広げるつもりです。オスカーさんにも、ちゃんと相談済みです」
「それなら、大丈夫そうですね」
淡々とした口調ながら、その言葉には確かな気遣いが滲んでいた。
「また、機会があれば一緒に潜りましょう」
「はい、ぜひ。……ありがとうございます、セレンさん」
律儀な一礼を交わし、セレンさんは地上への道を戻っていった。その背中が見えなくなるまで見送ってから、僕は改めて、通路の奥へと視線を向けた。
一人になった通路は、やはり特有の静けさを纏っている。セレンさんの索敵魔法がない今、自分の耳と目だけが頼りだ。それでも、数日前の初めての一人潜行の時とは、確かに違う感覚があった。
十階層、十一階層――これまでクランの皆と一緒に踏み込んだことのある深さを、一人で辿っていく。知っているはずの通路が、誰も隣にいないというだけで、まったく違う緊張感を纏って見えた。
見覚えのある分岐点を一つ一つ辿るたびに、以前はオスカーさんが「ここは右だ」と即座に判断していた場面を思い出す。あの判断の速さの裏には、どれだけの経験が積まれていたのだろう。そんなことを考えながら、自分なりに地形を読み、慎重に進路を選んでいく作業そのものが、不思議なほど充実した時間に感じられた。
大百足の一匹を手早く仕留め、僅かに乱れた呼吸を整える。以前、六階層でこの種のモンスターと対峙した時よりも、動きに迷いがなくなっている自分に気づいた。
「――セレンさんの言ってた通りだ」
索敵がなくても、気配を読む感覚は、知らぬ間に少しずつ育っていたらしい。壁の継ぎ目のわずかな違和感、空気の流れの変化、遠くの気配の密度――セレンさんと連携を重ねる中で、彼女が口にしていた「感知」の感覚が、自分の中にも馴染み始めていたのかもしれない。
十二階層に差し掛かる頃、通路の空気がさらに一段階重くなった。オスカーさんの言っていた「もう少し早い」という範囲を、僅かに超えている自覚はあった。
(ここで引くべきだ)
理性はそう告げている。約束の範囲を超え始めていること、セレンさんと別れてから、もう誰も自分の位置を知らないこと。分かっているはずの危険が、頭の中に次々と浮かんでは消えていく。
それでも、足が止まらなかった。
――もう少しだけ。
誰にも言われたわけではない、自分自身の中からせり上がってくる欲求だった。これまで積み重ねてきたものが、まだ見ぬ先にある何かを、確かめたいと叫んでいる。
十三階層へと続く下り階段に足をかけた瞬間、僕はふと、背筋に覚えのない冷たさが走るのを感じた。
これまで出会ったどのモンスターの気配とも違う、重く、静かな何かが、この先に潜んでいる気がした。
緊急信号弾の硬貨を、僕は無意識に握りしめた。それでも、足は止まらなかった。




