第17話 二つの間合い
約束の朝、ギルドの前で待っていたセレンさんは、すでに杖を携え、臨戦の姿勢で立っていた。
「おはようございます。今日はどこまで潜りますか」
「六階層から九階層あたりを考えています。少し群れで出るモンスターが多い帯なので、連携の練習にちょうどいいかなと」
「賛成です。索敵は私が、前衛はヴェルディさんが。基本の役割分担から始めましょう」
淡々とした提案に、僕は頷いた。ニーナのような気安さとは違う、けれどどこか心地よい、迷いのない進め方だった。
六階層に差し掛かると、セレンさんの杖の先に、淡い光の粒が浮かび上がった。
「前方、十数メートル先に複数の気配。ゴブリンの群れと思われます」
「数は、わかりますか」
「おそらく四体。……索敵だけなら、これくらいが限界です」
「十分です。ありがとうございます」
事前に数と位置が分かっているだけで、踏み込みの判断が驚くほど楽になる。曲がり角の先、油断していたゴブリンの群れへ、僕は迷わず斬り込んだ。
「右の二体、私が足止めします」
セレンさんの杖から放たれた淡い光の帯が、二体のゴブリンの足元に絡みつき、動きを鈍らせる。拘束の魔法だ。動きを封じられた相手を、僕は確実に仕留めていった。
「――すごいですね、これ」
「索敵と拘束、どちらも攻撃魔法ほどの威力はありません。ですが、前衛の方の負担を減らすには十分役立つはずです」
控えめな物言いながら、その効果は歴然としていた。これまでニーナやオスカーさんとの連携は、互いの声と動きの呼吸で成り立っていたけれど、セレンさんとの連携は、もっと設計された、組み立てるような感覚があった。
七階層に差し掛かる途中、休憩を取りながら、セレンさんがぽつりと口を開いた。
「ヴェルディさんは、どうして剣を選んだんですか」
「選んだというより……オスカーさんに叩き込まれた、というのが正直なところです。もともとは祖母の畑で、鎌や鍬を振るっていただけで」
「畑、ですか。それは意外です」
「セレンさんは、どうして魔法を?」
「生まれつき、魔力の扱いに向いていたからです。それ以上の理由は、特にありません」
あまりにも簡潔な答えに、僕は思わず笑ってしまった。
「そういう即答、セレンさんらしいですね」
「よく分からない褒め言葉ですが、否定はしません」
硬い口調の奥に、確かな親しみが滲んでいるのが分かった。
七階層、八階層と進むにつれ、互いの役割分担は少しずつ滑らかになっていく。
「ヴェルディさんの踏み込み、最初に見た時より速くなっています」
「そうですか?」
「はい。索敵で敵の位置を伝えてから、実際に動き出すまでの時間が、明らかに短縮されています」
数字のように淡々と評価されると、なんだか妙に説得力があった。
「セレンさんも、最初より魔法を放つまでの判断が早くなってる気がします」
「……そうかもしれません。的確な指摘、ありがとうございます」
小さく頷くセレンさんの表情に、わずかな手応えの色が差していた。
八階層の奥、フォレストウルフの群れと遭遇した時、僕たちはこれまでで最も息の合った連携を見せた。セレンさんの拘束魔法で群れの動きを乱し、僕がその隙を突いて一匹ずつ確実に沈めていく。終わってみれば、怪我一つ負わないまま、群れを一掃できていた。
「見事でした」
「セレンさんのおかげです」
「いいえ。……お互いの不足を、ちゃんと補い合えた結果だと思います」
珍しく、セレンさんの口元がはっきりと綻んでいた。
その日の帰り道、九階層までの探索を終えた僕たちは、地上への階段を上りながら、互いの鍛錬の方向性について語り合った。彼女の論理的な積み重ねと、僕の感覚的な積み重ね。まるで違う道を歩んでいるはずなのに、その根底にある「もっと上手くなりたい」という渇望だけは、驚くほど似ていた。
「今日は、とても勉強になりました。ありがとうございます」
「こちらこそです。……また、機会があれば」
「はい。ぜひ」
律儀な一礼を交わし、僕たちは陽の傾いた通りで別れた。初めて会ったときの、追い詰められていたセレンさんの姿が、今はもう遠い出来事のように思える。誰かと新しく積み上げていく関係もまた、こうして確かな手触りを持つのだと、僕は改めて実感していた。
拠点への帰路、夕陽に染まる通りを歩きながら、僕はふと、オスカーさんやニーナとの連携との違いを考えていた。声と勢いで組み立てる連携と、計算と設計で組み立てる連携。どちらが優れているというわけではなく、ただ、積み重ね方の種類が違うだけなのだと、今ならよく分かる。
一つの戦い方だけに固執していたら、きっと見えなかった景色だった。違う道を知ることで、自分自身の歩み方も、また少しだけ広がった気がした。




