第16話 違う方角から
地上へと戻る道のりの中、セレンさんの魔力は少しずつ戻っていったようだった。杖の先に灯る光が、先ほどより安定している。
「もう平気そうですね」
「はい。……本当に、助かりました」
門を抜け、陽の光の下に出ると、セレンさんは改めて深く頭を下げた。
「どこか、お礼ができる場所はありませんか」
「本当に、気にしないでください。それより、一人で潜る練習って、よくされてるんですか」
「はい。《青白の砂時計》は人数が少なく、魔法使いも私一人なので、実戦の感覚は自分で積むしかありません」
淡々と答えるセレンさんの表情には、けれど確かな覚悟のようなものが滲んでいた。
「《新緑の剣》も、似たような状況です。人数は多いですけど、装備も資金も、あまり余裕がなくて」
「存じています。……伸び悩んでいるクランだと、ギルドでも噂になっていますから」
「伸び悩んでいる、ですか」
あまりに正直な物言いに、僕は思わず苦笑した。
「申し訳ありません、失礼な言い方でした」
「いえ、間違ってないので」
むしろその率直さに、僕は好感を覚えた。言葉を飾らず、見たままを伝えてくる人。アルフレッドさんの律儀さとも、ニーナさんの軽口とも違う、また別の種類の誠実さがそこにあった。
「せっかくですし、少し休憩していきませんか。すぐ近くに、安くて美味しい食堂があるんです」
「よろしいのでしょうか」
「もちろんです。……というか、お礼をしたいなら、この際お話を聞かせてください。索敵の魔法って、どういう仕組みなのか、すごく興味があって」
満月亭の扉をくぐると、昼時の喧騒の中、マーゴさんが軽く手を上げて迎えてくれた。
「お、ヴェルディくん。今日は珍しい子を連れてるじゃない」
「セレンさんです。ダンジョンで知り合って」
「あら、またクラン超えての知り合いね。相変わらず節操なく友達を増やすじゃない」
からからと笑うマーゴさんに、セレンさんは律儀に一礼した。
「お邪魔します」
「硬いわねえ。まあ、ゆっくりしてって」
注文を済ませ、湯気の立つスープを前に、セレンさんは少しずつ口を開いていく。
「索敵魔法は、周囲の魔力の揺らぎを感知する仕組みです。モンスターの気配、罠、隠された通路――経験を積むほど、精度が上がっていきます」
「それって、剣の間合いの感覚と、少し似てるかもしれません」
「間合いの感覚、ですか」
「はい。オスカーさんに教わったんですけど、剣を振る前に、相手との距離や間を『感じる』ことが大事なんです。考えるより先に、体が反応するような」
セレンさんは、わずかに目を見開いた。
「感覚を言葉にして伝えようとする点は、私たちの鍛錬とも共通していますね。……面白いです」
淡々とした口調の中に、確かな興味の色が滲んでいる。それからしばらく、僕たちは互いの鍛錬や依頼での経験を語り合った。方向性はまるで違うのに、根底にある「積み重ねる」という姿勢には、不思議な共通点があった。
「ヴェルディさんは、また一人で潜るつもりですか」
「はい。……せっかくなら、しばらく浅い階層を一人で見てみようと思ってます」
「それなら、少しだけご一緒させていただけませんか」
思いがけない申し出に、僕は目を丸くした。
「私も実戦の感覚を積む必要があります。二人で組めば、互いの不足を補えるかもしれません」
「……はい、ぜひ」
「決まりですね」
小さく頷くセレンさんの表情は、相変わらず硬いままだったけれど、その声には、確かな前向きさが滲んでいた。
食事を終え、僕たちは明日の約束を交わして別れた。帰り道、夕暮れの空を見上げながら、僕はふと、アルフレッドさんとの出会いの時のことを思い出していた。違う道を歩んでいても、同じように前へ進もうとしている誰かがいる。それだけで、不思議と背中を押される気がした。
拠点に戻ると、ニーナが開口一番、驚いた顔を見せた。
「一人で行ったはずなのに、なんか知り合い増えてない?」
「はい、実は――」
その日の夕食の席で、僕はセレンさんとの出会いを、クランの皆に少し誇らしく語った。
「ほう、《青白の砂時計》か。小さいながら堅実なクランだって話だな」
オスカーさんが興味深そうに頷く。
「助けたお礼に、今度一緒に潜ることになりました」
「そりゃいいじゃない。……でも、ちょっと悔しいな」
ニーナが唇を尖らせた。
「悔しい、ですか」
「あんた、ソロに出た初日から、いきなり新しい繋がり作ってくるんだもん。あたしがソロデビューした時は、牙兎に追い回されただけだったのに」
「それ、聞いていい話なんですか」
「黒歴史だって言ったでしょ」
ぷいと顔を逸らすニーナに、テーブル全体が小さく笑いに包まれた。セレスティアさんが、柔らかく目を細めて僕を見る。
「また一つ、あんたの世界が広がったのね。……大事にしなさいよ、その縁」
「はい」
温かい笑い声に包まれながら、僕は改めて、今日という一日の重さを噬み締めていた。恐怖だけだったはずの一人の冒険が、思いがけない繋がりを連れてきてくれたことが、不思議でありがたかった。




