第10話 同じ道を征く者
「今日は五階層まで、素材集めの依頼だ」
いつも通りギルドで依頼書を確認しながら、オスカーさんが片手を上げてダンジョンの入り口を指す。すっかり通い慣れた道のりを、僕たちは軽い足取りで進んでいった。
「にしても、最近潜るペース上がってない? まあ、あたしはどんどん行きたい派だけど」
ニーナが軽口混じりに言うと、オスカーさんが鼻を鳴らした。
「その調子だ。稼ぐ時に稼がねえと、うちの懐、いつまで経っても潤わねえぞ」
「言われなくても分かってるっての。あたしを誰だと思ってんのよ」
得意げに胸を張るニーナの足取りは、いつにも増して軽い。三階層を抜け、四階層、五階層と潜っていく途中、通路の先で聞き覚えのある声が響いた。
「――ふっ!」
短く鋭い気合の声。曲がり角を折れると、そこには見覚えのある背中があった。
「アルフレッドさん?」
黒髪の青年が、剣を振り抜いた体勢のまま、ちらりとこちらへ視線をよこす。足元には、絶命したコボルトが二体、崩れ落ちていた。
「これは――ヴェルディ殿。それにオスカー殿も」
律儀に一礼するアルフレッドさんに、オスカーさんが片手を上げて応える。
「奇遇だな。浅層調査、まだ続けてたのか」
「はい。範囲が広いもので、思いのほか時間がかかっております」
淡々と答えながら、アルフレッドさんは剣を鞘に収めた。その一連の所作に、僕は思わず目を奪われた。 無駄のない動き。振るった剣先が、乱れなく元の位置へと戻っていく。息一つ乱れていない。
「今の、すごい綺麗な動きでしたね」
思わず口にすると、アルフレッドさんはわずかに目を見開いた。
「恐縮です。……騎士学校で、基本の型を叩き込まれましたので」
「型、ですか」
「はい。感情や勢いに任せて剣を振るうのではなく、常に同じ型を、同じ精度で再現する。それが騎士の剣術の基本です」
「同じ型を、毎回同じように……それって、簡単そうに聞こえて、すごく難しそうですね」
「その通りです。疲労、恐怖、焦り――そういったものに動きを乱されないよう、何千回、何万回と同じ型を繰り返します。……正直に申し上げれば、退屈で地味な鍛錬です」
淡々と語るアルフレッドさんの言葉に、僕はふと、オスカーさんの基礎稽古を思い出した。方向性は違えど、根底にある泥臭さは、どこか似ている気がした。
言葉にすれば単純だけれど、その徹底ぶりは、僕がオスカーさんに叩き込まれてきた「無駄を削ぎ落とす」感覚とはまた違う、もっと様式立った重みを感じさせた。
「見ての通り、まだまだ粗削りだけどよ」
オスカーさんが茶々を入れると、アルフレッドさんは少し困ったように眉を寄せた。
「……型はあっても、実戦の場数はまだ足りておりません。オスカー殿の言う通りです」
「そう卑下すんなよ。俺から見りゃ、十分様になってる」
素直な称賛に、アルフレッドさんは一瞬言葉に詰まり、それから静かに一礼した。
「……ありがとうございます」
「せっかくだし、少し一緒に回るか?」
オスカーさんの提案に、アルフレッドさんは少し考える素振りを見せてから、頷いた。
「ご迷惑でなければ、ぜひ。……お二人の戦い方、以前から興味がありました」
四人で連れ立って進む通路は、いつもより少しだけ賑やかだった。
「ねえ、アルフレッド。あんたのクランも、ここ最近きつい依頼多いの?」
ニーナが気安く話しかけると、アルフレッドさんは律儀に居住まいを正した。
「ニーナ殿。……はい、討伐依頼の消化が追いつかず、私のような新人にも調査の役目が回ってきております」
「その『殿』、やめなさいって前も言ったでしょ」
「善処いたします」
まったく変わる気配のない返答に、ニーナが呆れたように肩をすくめる。その様子がおかしくて、僕は思わず笑ってしまった。
やがて、通路の先から複数の気配が近づいてくる。
「来ます。三体」
アルフレッドさんの声に、緊張が走る。姿を現したのは、群れで行動するコボルトの群れだった。
「私が正面を」
短く告げると、アルフレッドさんは迷いなく前へ出た。 盾を構え、最短の間合いで踏み込む。振るわれた剣は、先ほど見た通りの、寸分の狂いもない軌道を描いた。一匹、また一匹と、無駄のない動きで沈めていく。踏み込みの深さも、剣の振り上げる角度も、まるで測ったように同じだった。
「――ヴェルディ、お前も出ろ」
オスカーさんの声に押されるように、僕も残る一匹へと斬りかかる。オスカーさんに教わった、力を抜いた最短の踏み込み。二つの剣筋が、ほとんど同時に敵を捉えた。
静寂が戻った通路に、荒い息遣いが一つも聞こえてこないことに、僕は気づいた。アルフレッドさんの呼吸は、戦いの前と後とで、まるで変わっていなかった。
戦いが終わると、アルフレッドさんが小さく息を吐いた。
「見事な太刀筋でした、ヴェルディ殿」
「い、いえ。アルフレッドさんの方こそ、無駄がなさすぎて驚きました」
素直な感想に、アルフレッドさんはわずかに目を細めた。
「私たちは、育ってきた道が違うのでしょう。オスカー殿仕込みの実戦的な剣と、騎士学校仕込みの型――方向性は違えど、目指す場所は同じなのかもしれません」
その言葉に、僕の胸の奥が静かに熱くなった。 互いにまだ駆け出しで、互いに至らないところだらけで。それでも、同じようにこの世界で剣を振るい、前へ進もうとしている誰かがいる。それだけで、不思議なくらい勇気づけられる気がした。
「一年前、オスカー殿に助けていただいた時の私は、型はあっても、実戦では何もできませんでした。……あれから、ようやくここまで来られたと思うと、感慨深いものがあります」
しみじみと呟くアルフレッドさんに、オスカーさんは照れ隠しのように鼻を鳴らした。
「大した進歩だよ、実際。……あん時のお前と比べりゃ、見違えたもんだ」
「もったいないお言葉です」
深々と頭を下げるアルフレッドさんに、僕はふと、この一年という時間の重みを思った。誰かに救われた経験を糧にして、着実に前へ進んできた人が、今、目の前にいる。
「僕も、もっと精進しないと」
思わず呟くと、アルフレッドさんは小さく頷いた。
「お互いに、恥じぬ道を征きましょう」
律儀な一礼とともに交わされたその言葉は、飾らないけれど、確かな重みを持っていた。
素材集めを終え、地上への道を戻る途中、アルフレッドさんは自分の調査範囲へ向かうため、途中で別れることになった。
「では、私はここで。今日はありがとうございました」
「こちらこそ、勉強になりました」
深々と一礼するアルフレッドさんの背を見送りながら、ニーナが小さく呟く。
「なんか、律儀すぎて逆に清々しいわね、あいつ」
「そうですね」
「でも、悪くない刺激だったんじゃない? あんたも」
ニーナの言葉に、僕は素直に頷いた。
「はい。……なんていうか、自分と違う道を、同じくらい真剣に歩いてる人がいるんだなって、実感できました」
「大袈裟ね」
くすりと笑うニーナの横で、オスカーさんが腕を組んで唸った。
「大袈裟なもんか。……ああいう地道な奴が、結局一番強くなる。俺の見立てじゃ、アルフレッドはまだまだ伸びるぞ」
その評価に、僕は思わず気合が入るのを感じた。負けていられない、という単純な対抗心とはまた違う、もっと静かな、けれど確かな闘志だった。
種類の違う剣、種類の違う道。けれど、目指す場所はきっと同じ場所にある。 そんな確信めいた予感を胸に、僕は地上へと続く階段を上っていった。




