第九十八話 雨上がりの来店と温かな湯気
夕立が去ったあとの街はすっかり涼しくなり、
心地よい夜風が黒猫亭の扉を優しく揺らしていた。
カランコロンとドアベルが鳴り、
「こんばんは〜、サクヤさん」と柔らかな声が入ってくる。
姿を見せたのは、市場の果物屋のおばちゃんだった。
仕事終わりなのか、籠を腕に提げて穏やかな笑顔を浮かべている。
「いらっしゃいませ! おばちゃん、こんばんは」
◆
「夕立で一気に涼しくなったからねぇ、
仕舞い仕事の帰りに寄らせてもらったよ。
サマーベルとハニードロップのジェラート、
市場でもすっごく評判になってるよ!」
「本当ですか! おばちゃんが良い果物を教えてくれたおかげです」
「ふふ、あんなに美味しく仕立ててくれたら果物たちも本望さね」
嬉しそうに笑うおばちゃんに、朔夜は
「雨上がりで少し肌寒くなりましたし、温かいお茶をどうぞ」と、
香ばしく淹れたてのほうじ茶と、
小さな焼き菓子をそっと差し出した。
◆
「ああ、いい香り……雨上がりの冷えた身体に染み渡るわぁ」
ふうふうと湯気を吹きながらお茶をすするおばちゃんの足元に、
クロノがトコトコと歩み寄っていった。
「あら、クロノちゃん! 市場に来てくれた時も可愛かったけど、
お店で見るクロノちゃんも立派な看板猫だねぇ」
おばちゃんの手で顎の下を撫でられ、
クロノは目を細めて嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
◆
「果物の次は、秋の実りもどんどん美味しくなるからね。
また良いのが入ったら教えるよ」
「ありがとうございます。楽しみにしていますね」
温かいお茶と、心通う穏やかな会話。
厳しい暑さを越え、雨がもたらしてくれた優しい涼しさの中で、
黒猫亭の夜はあたたかな灯りに包まれて更けていくのだった。




