第九十二話 夜更けの灯りと次の計画
夜の営業を終え、店先の明かりを落とすと、
通りにはしっとりとした涼しい静寂が広がっていた。
鍵を閉め、エプロンを外した朔夜は、
小さな明かりを一つだけ灯したカウンターの席に腰を下ろす。
「ふぅ……今日も無事に終わったな」
淹れたての温かいほうじ茶を口に含むと、
香ばしい湯気がふわりと立ち上り、一日の疲れがじんわりと解けていく。
◆
パタパタと軽い足音を立てて、
クロノがカウンターの上へと上がってきた。
金色の瞳を丸くしながら、朔夜が開いたノートを覗き込んでくる。
そこには、今日までに作ったジェラートの分量や、
レインから聞いた『秋の味覚』についての走り書きが並んでいた。
「クロノ、見てくれ。
サマーベルとハニードロップのジェラート、大好評だったけど……
次はもう少し果汁の比率を変えてみるのも良さそうだな。
もっと口当たりが滑らかになるかもしれない」
朔夜が指差すと、クロノは「ふむ」とばかりに
真剣な顔でノートに前足をちょんと置いた。
◆
「それに、レインさんが言っていた秋の木の実や茶葉……。
どんな香りがするんだろうな。
焼き菓子に合わせるか、それとも温かいミルクティーにするか……」
まだ夏の暑さは残っているものの、
次の季節の美味しいものを想像するだけで、料理人としての胸が高鳴る。
ノートの隅には、クロノが丸くなって寝ている小さな落書きが添えられていた。
それを見て、朔夜は思わず口元を緩める。
◆
「にゃ〜……」
大きなあくびをひとつしたクロノが、
朔夜の腕の隙間にすっぽりと体を滑り込ませて丸くなった。
トントンと背中を優しく叩いてやると、
規則正しい小さな寝息が静かな店内に響き始める。
「おやすみ、クロノ。今日も一日、ありがとうな」
ノートを静かに閉じ、朔夜はランプの灯りをそっと吹き消した。
穏やかな夜風が窓を揺らす中、
黒猫亭の夜は深く、優しく更けていくのだった。




