第九十一話 夏の終わりと夕暮れのひととき
レインが去った後の店内には、
再びいつもの穏やかな静けさが戻っていた。
西日が差し込む窓際で、
光の粒が店内の木目を柔らかく照らし出している。
「ふぅ……今日もいい一日だったな」
朔夜がカウンターを丁寧に拭き上げていると、
クロノがトコトコと歩み寄ってきて、
カウンターの端に前足を揃えて座った。
◆
窓の外を見つめるクロノの金色の瞳に、
茜色に染まり始めた空が綺麗に映り込んでいる。
「クロノ、何を見てるんだ?」
朔夜が隣に並んで外を眺めると、
日中の厳しい暑さが嘘のように、涼やかな夕風が通りを抜けていた。
家路につく街の人々の足取りも、
どこか穏やかで涼しげに見える。
「にゃ〜ん」
クロノは短く鳴いて、朔夜の腕に頭をこすりつけてきた。
◆
この夏、ルリリンゴのイベントから始まり、
初めての二連休、クロノと一緒に出かけた市場の買い出し、
そしてサマーベルとハニードロップの特製ジェラート。
毎日を駆け抜ける中で生まれたたくさんの笑顔が、
朔夜の胸の中に温かく思い出される。
(異世界に来て、こうしてクロノやみんなと
季節を一つずつ重ねていけるのが、本当に嬉しいな)
朔夜はクロノの背中を優しく撫でた。
クロノは目を細め、心地よさそうに喉を鳴らす。
◆
やがて街灯がぽつぽつと灯り始め、
黒猫亭の看板にも柔らかな光が灯された。
「さて、今日の夜営業ももうひと頑張りするか。
クロノ、手伝ってくれるかい?」
「にゃん!」
力強い返事とともに、クロノはしっぽをぴんと立てた。
夏の終わりの優しい夜風に包まれながら、
黒猫亭の夜の時間が静かに始まっていくのだった。




