第九十話 旅の話と新しい季節の足音
ジェラートを平らげたレインは、
朔夜が淹れ直した冷たいアイスコーヒーを口に含み、
ふうっと心地よさそうに息を吐いた。
「生き返ったよ。やっぱりサクヤの店は落ち着くな」
「長旅、本当にお疲れ様でした。
今回はずいぶんと遠くまで行かれていたんですか?」
カウンター越しに尋ねる朔夜の横で、
クロノもちょこんと座り、金色の瞳でレインを見つめている。
◆
「ああ、北の山脈沿いにある交易都市までな。
山を越える道中は暑さと魔物の対処で骨が折れたけど……
面白い食材や香辛料の噂もいくつか仕入れてきたよ」
「本当ですか? どんなものがあるのか気になりますね」
「たとえば、秋口にしか採れない香りの強い木の実とか、
乾燥させると甘い香りを放つ希少な茶葉とかな。
もう少し涼しくなったら、また仕入れに行って持ってくるよ」
旅先での風景や珍しい特産品の話に、
朔夜は目を輝かせながら耳を傾けた。
◆
「楽しみに待っていますね。
レインさんの持ってきてくれる素材は、いつも僕に
新しい料理のひらめきをくれますから」
「はは、そう言って腕を振るってくれるなら運び甲斐があるよ。
次も期待して待っててくれ」
レインは満足そうに笑い、立ち上がって腰の革袋を整えた。
「じゃあ、ギルドに報告に行ってくるよ。
美味いジェラートと珈琲、ごちそうさま!」
「はい、お気をつけて!」
◆
レインを見送り、カランコロンとドアベルが静まった店内。
開け放たれた窓から吹き込む風は、
昼間の熱気を残しつつも、ほんの少しだけ夕方の柔らかさを帯びていた。
「秋の素材か……まだまだ暑いけれど、
季節は少しずつ進んでいるんだな」
朔夜がぽつりと呟くと、
クロノが「にゃん」と賛同するように足元ですり寄ってきた。
夏のひんやりとしたデザートで賑わう日々を大切にしながら、
黒猫亭の穏やかな時間は、次の季節へとゆっくり歩みを進めていた。




