第九話 久しぶりの安心
男は夢中でスープを飲んでいた。
最初は警戒していたはずなのに、今では完全に無言だ。
空腹だったのもあるだろう。
けれど、それだけではない気がした。
男の表情から、少しずつ険しさが消えていく。
まるで張り詰めていた糸が、ゆっくり緩んでいくみたいに。
「……不思議な味だな」
空になりかけた皿を見ながら、男がぽつりと呟く。
「優しいっていうか……妙に安心する」
朔夜は少し困ったように笑った。
「特別なことはしてないんですけどね」
「いや、そんなことねぇよ」
男は小さく首を振る。
「ここに入った瞬間から、身体が軽い」
その言葉に、朔夜は視線を落とした。
神の言っていた力。
本当に効いているらしい。
男は椅子へ深く座り直し、長く息を吐く。
「……助かった」
その声は、疲れ切った旅人の本音だった。
「正直、今日は野宿覚悟だったんだ」
「街の宿、どこも満室でな」
「しかも外は魔物が出る」
さらっと怖い単語が出てきた。
「魔物って普通にいるんだ……」
「ん?」
「あ、いや」
危うく“異世界初心者”を晒すところだった。
朔夜は誤魔化すように咳払いする。
一方、男はそこまで気にした様子もない。
それほど疲れているのだろう。
「……ここ、宿じゃないんだよな?」
「喫茶店です」
「だよな……」
男は苦笑する。
その時だった。
カウンターの上にいたクロノが、ひょいと男の膝へ飛び乗った。
「お、おぉ?」
男が目を丸くする。
クロノは気にした様子もなく、その場で丸くなった。
完全にくつろいでいる。
「……珍しいな」
朔夜も少し驚いていた。
クロノは基本的に他人へ塩対応だ。
自分から近付くことは少ない。
「はは……気に入られたのか、俺」
男は少しだけ嬉しそうに笑う。
その笑顔を見て。
朔夜も、なんとなく安心した。
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