第十話 黒猫亭
店内には、静かな音楽が流れていた。
雨は降っていない。
それなのに、黒猫亭の空気はどこか雨宿りに似ている。
男はクロノを膝に乗せたまま、ぼんやりと店内を見回していた。
「落ち着く店だな……」
ぽつりと零された声。
その響きには、どこか実感が籠もっていた。
「ありがとうございます」
朔夜は少し照れくさそうに返す。
誰かに店を褒められたのは、かなり久しぶりだった。
「店主さん、若いんだな」
「え?」
「二十代前半くらいか?」
「あー……二十四です」
そう答えると、男は苦笑した。
「やっぱ若ぇな」
「この辺だと、二十代はまだガキ扱いだ」
その言葉に、朔夜は少し目を瞬かせる。
「そんなにですか?」
「獣人もエルフも長生きだからな」
さらっとファンタジーな情報が増えた。
やっぱり異世界なんだな、と改めて実感する。
「店主さんは、この街の人間じゃないよな?」
その問いに、朔夜の動きが少し止まる。
どう答えるべきか迷った。
異世界転移しました、なんて言って信じられるのか。
けれど男は深く追及する様子もなく、小さく笑う。
「まぁ、誰にでも事情はあるか」
そう言って、それ以上聞いてこなかった。
その距離感がありがたかった。
「俺はガルド」
男は名乗る。
「しがない冒険者だ」
「西島朔夜です」
「この店の店主やってます」
ガルドは頷きながら、もう一度店内を見回した。
「黒猫亭、か」
ゆっくり店名を口にする。
その時。
クロノが、にゃあと短く鳴いた。
「……なるほどな」
ガルドは少し笑う。
「確かに、この店には黒猫が似合う」
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