第八十八話 涼を運ぶ朝の仕込み
翌朝、朝露が消えきる前から、
街には早くもじわりとした熱気が漂い始めていた。
厨房に立った朔夜は、昨晩のうちに下準備しておいた
『サマーベル』と『ハニードロップ』を調理台に並べる。
「よし、今日も暑くなりそうだからな。
しっかり仕込んでおかないと」
隣の椅子に座ったクロノが、金色の瞳を輝かせながら
「にゃん」とやる気満々の声を上げた。
◆
サマーベルの鮮やかな皮をナイフで手際よく剥き、
果汁をぎゅっと絞り出すと、爽快な柑橘の香りが厨房いっぱいに満ちる。
そこへ、蜜のように甘いハニードロップの果肉を裏ごしして加え、
丁寧にかき混ぜていく。
「この配合が、酸味と甘みを一番引き立てるんだよな」
冷気を操る道具を使ってゆっくりと冷やし固めながら、
空気を含ませるように何度も優しく混ぜ合わせる。
次第に、なめらかでツヤのあるオレンジ色のジェラートが
バットの中に出来上がっていった。
◆
カラン、と氷を浮かべた冷水をグラスに注ぎ、
朔夜はクロノ用の器にも冷たい水を入れてカウンターへ運ぶ。
「クロノ、お待たせ」
器を置くと、クロノは喉を鳴らしながら美味しそうに水を飲み、
満足そうに口のまわりをペロリと舐めた。
表の札を『営業中』に返し、扉を開けると、
爽やかな朝風と共に、すでに開店を心待ちにしていた
街の人々の気配が感じられた。
◆
「おはようございます、サクヤさん!
今日もあの冷たいやつ、やってるかい?」
「おはようございます。はい、しっかり仕込んでありますよ」
笑顔で迎え入れる朔夜の横で、
クロノも「いらっしゃいませ」とばかりに尻尾を揺らした。
夏の強い陽射しを心地よい涼へと変える、
黒猫亭の新しい一日が幕を開けるのだった。




