第八十七話 夏の夜の涼音と一日の終わり
夜の帳が下りる頃には、日中の刺すような熱気も収まり、
通りには心地よい夜風が通り抜けるようになっていた。
「マスター、ジェラート最高だったぜ! また明日な!」
「ありがとうございます。ガルドさんもセレスさんも、お気をつけてお帰りくださいね」
最後の客たちを笑顔で見送り、
朔夜は店先の黒板をしまって鍵を閉めた。
カラン、と静まり返った店内に
片付けのグラスを洗う水音だけが穏やかに響く。
◆
「ふぅ……今日もたくさんのお客さんが来てくれたな」
洗い物を手早く終え、朔夜はカウンターの席に腰を下ろした。
すると、足元から「にゃぁ」と声がして、
クロノがひらりと膝の上へと飛び乗ってくる。
すっかりお出かけの疲れも抜けたのか、
クロノの金色の瞳は穏やかに細められ、
朔夜の手のひらにすり寄ってきた。
「クロノ、お前が市場で一緒に選んでくれたおかげで、
みんなすごく喜んでくれたよ。ありがとうな」
顎の下を優しく撫でてやると、
クロノは嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らした。
◆
開け放した窓の隙間から、
異世界の夜の虫たちが奏でる涼やかな声が微かに聞こえてくる。
ふと朔夜は、日本で過ごした夏の夜や、
お盆の時期の送り火、冷たい麦茶の味を思い出していた。
(元の世界とは違う場所だけど……
こうして旬の果物で涼をとって、みんなで季節を味わうのは、
どこへ行っても変わらない温かさがあるな)
冷たいジェラートが運んでくれたたくさんの笑顔。
その余韻を胸の奥でじんわりと噛み締める。
◆
「さて、明日も暑くなりそうだし、
サマーベルとハニードロップの仕込みをしてから寝るか」
朔夜が立ち上がろうとすると、
膝の上で満足そうに丸くなったクロノが
「まだ動いちゃダメ」とばかりに前足をとんと乗せてきた。
「ふふ、もうちょっとだけこのままでいるか」
優しい静寂と涼しい夜風に包まれながら、
黒猫亭の八月の一日は、静かに更けていくのだった。




