第七十六話 黒板の予告と小さな画伯
レインに硝子瓶を頼んでから、あっという間に六日が過ぎた。
いよいよ明日が、約束の七日目だ。
店内を綺麗に清掃し終えた朔夜は、
店の入り口に置く小さな立て掛け黒板を厨房から出してきた。
明日、ガラス瓶が届いて無事に仕込みが終われば、
すぐにでも常連たちにお披露目できるようにするためだ。
「よし、メニューの告知を書いておこうか」
朔夜は白いチョークを取り、黒板に向き合った。
『期間限定 幻の果実ルリリンゴの星空プリン』
『〜選べる極上ドリンクセット〜』
丁寧で読みやすい文字で、限定メニューの魅力と
ペアリングドリンクの案内をさらさらと書き進めていく。
◆
ひと通り書き終えて朔夜が満足そうに頷いていると、
いつの間にか足元にやってきていたクロノが、
黒板の右下の余白をじーっと見つめていた。
「どうした、クロノ? ここが寂しいか?」
「にゃあ」と一鳴きしたクロノは、朔夜の手元にある
チョークに前足を伸ばしておねだりするようにチョイチョイと突っついた。
朔夜は思わず目元を緩めると、チョークを持ち直し、
黒板の右下にそっと小さなイラストを描き足した。
くりっくりした大きな目と、ぴんと立った耳。
そしてチョコンと添えられた、小さな丸い猫の足跡。
「よし、お前のイラスト付きだ。これなら大盛況間違いなしだな」
◆
「おーい、マスター! 今日も珈琲を……って、なんだこれ!?」
夕方の営業が始まる少し前、通りかかった常連の男たちが、
店先に出された黒板の前でピタリと足を止めた。
「『ルリリンゴの星空プリン』……!?
おい見ろよ! この前のあの良い匂い、やっぱり新メニューだったんだ!」
「しかもなんだこの可愛い絵! クロノちゃんか!?」
黒板を覗き込んだ男たちは、美味そうな限定メニューの告知と、
隅っこに描かれた愛くるしい黒猫のイラストにすっかり撃沈し、
目を輝かせて店内に飛び込んできた。
「マスター! これいつから食えるんだ!?」
「ふふ、明日レインさんが戻り次第、仕込みに入ります。
早ければ明日の夕方にはお出しできますよ」
◆
「よっしゃああ! 明日絶対速攻で来るわ!」
歓喜の声を上げる常連たちを笑顔で見送りながら、
朔夜は黒板の隅のイラストを優しく撫でた。
クロノも「どうだ」と言わんばかりに胸を張り、
カウンターの上で誇らしげに「にゃーん」と喉を鳴らす。
いよいよ明日、七日目の朝がやってくる。
仕込みの準備も、おもてなしの心も、完璧だった。




