第七十三話 熱の試練と確かな手応え
静まり返った夜の厨房に、グラグラと大きな手鍋で
お湯が激しく沸き立つ音が響いていた。
朔夜はレインから買い取った『気密の硝子瓶』を、
トングで傷をつけないよう静かに熱湯の中へと沈める。
急激な温度変化で割れてしまわないか注視していたが、
瓶は何の歪みも見せず、熱湯の中で静かに気泡を纏っていた。
(耐熱性は合格だな。ガラスの質も申し分ない)
そのまましっかりと煮沸消毒を施してから取り出し、
清潔な布巾の上で水分を綺麗に飛ばす。
準備が整うと、冷やしておいた瑠璃色のルリリンゴソースを、
瓶の八分目あたりまで丁寧に注ぎ入れていった。
◆
ここからが本番だ。
朔夜は蓋を軽く乗せただけの状態で、再び瓶ごと湯煎にかける。
瓶の中の空気を温めて膨張させ、外へと追い出す『脱気』の工程だ。
十分に温まったところで湯から引き揚げ、
熱いうちに留め具をカチリと固く締め上げた。
これで冷えていくにつれて中の圧力が下がり、
完璧な密閉状態——現代でいう真空保存が完成する。
氷水を使ってゆっくりと全体を冷やしていくと、
留め具の奥で小さな金属音が鳴り、
蓋がキュッと固く吸い付くように密着した。
◆
「……よし、完璧だ」
完全に冷めきった瓶を持ち上げ、逆さにしてみる。
一滴のソースも漏れ出すことはなく、
蓋を開けようとしても、密閉された圧のおかげでビクともしない。
異世界の気密術式と現代の保存知識が見事に噛み合い、
ルリリンゴの鮮度と風味を長期間閉じ込めることに成功したのだ。
「これで期間限定メニューとして、安心して提供できるな」
安堵の息をつく朔夜の横で、
テーブルに飛び乗ってきたクロノが、
カウンターの上に置かれた丸いガラス瓶を不思議そうに見つめていた。
◆
ひんやりと冷えた美しい瑠璃色の瓶。
クロノは首をかしげると、艶やかな黒い毛に包まれた
丸い前足をそっと伸ばし、ガラスの表面を
ちょいちょいと器用に突っついてみた。
ツルツルとした感触と、かすかに鳴る軽い音に満足したのか、
クロノは満足そうに「にゃあ」と一鳴きする。
「お前も合格だと思うか? よし、明日レインさんが来たら、
正式に必要な数をまとめて注文するとしよう」
相棒の可愛らしい仕草に目元を緩めながら、
朔夜は愛おしそうに瑠璃色の瓶を撫でた。
いよいよ、幻の果実を使った特別なデザートを
店に出すためのカウントダウンが始まろうとしていた。




